(原作)

携帯に入った連絡にすぐに気が付けて本当に良かった。留守電に残ってたのはいつもの余裕と冷淡さなんか完全に吹き飛んで、とにかく自分を落ち着けようとしては見事に失敗している男が若干噛みながらも何とか吹き込んだ僅か十数秒だった。おいおい天下の元詐欺師様が一人じゃ落ち着いてられないのかよ、笑いながら頭を上げると相変わらず独特のケバさと猥雑さの混ざった店内のミラーボールに映ったのは携帯を耳に当てたまま引きつった自分の顔であった。
店長に説明もそこそこに店を飛び出してタクシー拾って、今何だか含みがあるように真っ白なシートの上で足組んで、真っ直ぐ前を凝視してるアタシな訳だけど。思えばこんなナリしてたって私には子どもを産む機能はない。ましてやあの詐欺師もね、そりゃあ恐ろしいだろうよ。今までその頭であらゆるものからあの子を守ってきたあいつでさえどうしようもない。女の姿をしているアタシにも何も分からない。だけど取り敢えずそっちに向かってる。苦しいんだろうね。でもあんただけじゃないよきっと、よく聞けば多分すぐそばにあんたと同じくらいに苦しそうな呼吸の音を聞くだろう。間に合うかな。さっきから運転手怒鳴り付けてガンガン速度上げさせてるんだけどこのチキン野郎信号が赤になる度に停まりやがる。
苦しいだろうね。何でかなアタシまで冷や汗止まらなくなってきた、あんたが痛がってるのをちょっとでも肩代わりしてやれないのがこんなに辛いとは思わなかったんだよ。この世の幸せを胸一杯に抱えたみたいなあの子の笑顔に何故かもう嫉妬はなかった、簡単な話。あの詐欺師と同じくらいにはあの子のことが大事だった。笑うなよ。絶対笑うなよ。誰にも言う気はないんだから。そのでかいお腹撫でて馬鹿正直に育つんだろうなぁなんて笑ったのにはもう何の他意もなかったよ。その中にあの詐欺師とあの子の幸せの塊であるあんたがいることに何だか訳も分からず泣きたくもなった。
一回だけね、アタシはあんたのおじいちゃんに会ったことがあるんだよ。あの子が笑顔でアタシなんか紹介すんの。お友達ですって。馬鹿お前誰が友達よ。思わず噛みついたら父子揃ってそっくりに笑うからアタシまで笑っちゃって。娘がお世話になってますだってさ。全くだ。よくもまあこんなトロくて馬鹿正直な娘育てたもんだ。悔しいからいいえこちらこそなんて言っちまった。実はアタシも嘘つきなので。でも嘘に決まってんだろ馬鹿親父って笑う前にあんたのおじいちゃんは遠くに行っちゃった。でっかく引き延ばされたおじいちゃんの写真の下であの子は真っ赤な目できゅっと唇引き結んで、その隣にいつものように詐欺師が寄り添ってた。何だよもう見せ付けやがって。お陰で化粧崩れただろうが責任取りやがれ。言ってやりたかったのに上手く声が出せなかったからそのちっさい頭をがしがし撫でてやることしかできなかったっけ。
代わりとは言わないけど。多分あんたが無事に生まれてくれたらあの子の赤い目は治るんじゃないの。きっとあなたはおじいちゃんの生まれ変わりなのねなんてあの馬鹿な子が言って、あの子に関しては殊更馬鹿な詐欺師は黙って微笑むんでしょ。だったらきっちり健やかに産まれてこいよこなかったら殴る。赤ん坊だろうが何だろうが容赦しないからな。これ以上あの子の血を分けた生き物が死ぬなんてもう起きなくていいだろ。
ああ、間に合うのかな、出産てどれくらい時間が掛かるんだっけ、調べておけばよかった。万一アタシが間に合わなくてもあの詐欺師はしっかりあの子のそばで手でも握ってやってるだろうけど。間に合わなかったらごめんな。二回目に会いに来るときはこっ恥ずかしいくらい可愛いベビー服でも買ってきてやる。男だろうが知るか、あの詐欺師が渋い顔したってあの子は無邪気に喜ぶだろうしそれでいい。名前はもう考えてあるんだろうね、アタシも早く呼んでみたい。世界で一番大事な二人の大事なあんたに会ってみたい。こっちの世界は馬鹿正直の羊水とは違って嘘だらけの酷い有り様だけど。大事な人ともいつか別れなきゃいけないんだけど。それでもアタシはあんたに会いたい。
出来るだけ早く到着するつもりだけど。
願わくば私が着く頃には、親父と母さんの間で元気に元気に泣いててくれ。










BGM:瞳
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