遠くからでもすぐに分かった。道路の真ん中でわぁわぁ喧しく泣く迷子に真っ先に駆け寄る彼女に、呆れた顔でそれに付き添う男。ハンカチでぐしゃぐしゃの顔を拭ってやりながら子供を勇気づけるような言葉をかけてやって、それから小さい手を引いて辺りを見渡してからやっと彼女はこちらに気づく。ぱっと明るくなった顔に手を振ってやってから、歩み寄った。一瞬躊躇った意識を忘れる振りをする。
「久慈くん!」
「久し振り。因みに迷子センターならそっち」
「えっ、」
「探してたんでしょう。放送で親呼んでもらいなよ」
ぱっと笑って感謝の言葉をくれてから彼女は迷子を連れていった。まるで彼女こそが迷子であるような頼りがたい不安な顔だった。どんどん小さくなる背中に苦笑すると、例の醒めた目がこっちを見ていた。
「あれ、ついていかなかったの」
「別に一人で大丈夫だろ」
「ミイラ取りがミイラになったりして」
「その時は放送かけてもらう」
まじかよ。
平気な顔しやがって、とか笑ってやろうかとも思ったけどやめておいた。どうせ慣れてるんだろう。いつも彼女の傍にいれば、こんなこと日常茶飯事なんだろう?どんなに探しても汚点を見いだせない彼女のことだ。ご苦労なことです。
「アキヤマさんさぁ」
「何だ」
「神崎さんを見てるとさ、ニンゲンなのが恥ずかしくならない?」
脈絡もない言葉なのに多分通じた。澄ました顔が静かに目を細めた。
「……さあ?」
「よく平気な顔して隣にいられるよね」
「お前にはとても無理だとでも?」
「あんたにも無理っぽいと思ってた」
迂闊なことを口走った。まるで俺がこの男にすがったみたいじゃないか冗談じゃない。
だってどこ探してもいくら穿っても綺麗なままなんだろう。嫌になる。対比して自分を殺したくなる。僅か上っ面剥いだらべたつく下心が溢れてる自分に辟易する。
あの迷子みたいに一心に泣きながらすがれるんならいいのに、俺もこの男もそれほど幼くも無垢でもない。どうせその手一つ握るにしてもうんざりするような建前と欲望を備えているのだ。綺麗じゃない。
レンアイって何ですか?夢見る乙女じゃあるまいし後生大事に胸の中で美化なんかできるか。どう頑張っても俺らのそれは彼女を汚すと思うよ。きったない俺らの腹の中から引き出したそいつを彼女に与えるんでしょう。考えるだけで寒気がする。
それは有性の悲劇であろうか。
なんて。寒い。
「懺悔でもしたいのか」
「少なくともあんた相手にはしないよ」
「あいつに許してもらうか?」
「嫌な奴だよね、あんた」
薄く唇を吊り上げた男に向かって言いたいことはいくらでもあった筈だが何故か言葉にならずに苦し紛れのようにそれしか吐き出せなかった。
同類のくせに。彼女程純粋でも無垢でも愚直でもないくせに。早く自分を恥じて死んでしまえ。心からそう思う自分にも驚いていた。
ぱたぱたと遠くから足音が近付く。
「お母さん、見つかりました!迷子センターにいらっしゃったんです」
「そうか」
「よかったね、神崎さん」
「ありがとうね、久慈くん」
「ほら、行くぞ」
ふいと踵を返して歩き出す男に彼女は慌てて並んでから、振り返って笑顔で手を振ってくる。相変わらず裏も表もない透き通った表情だった。小さく振り返して二つ背中を見比べた。あれがオニアイってやつになるのだろうかと思った。どうしたって釣り合えないくせに。迷子気取りでもすればあんたでもその位置に座れるんならくれよ、その場所。狡すぎやしないか。聞こえないように小さく呟く。
遠く向こうで、あの男が笑ったように、思う。





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