今日に限って目覚まし時計の音に少しも気づかなかったというのはどういうことでしょうか。霞む目でも読める距離まで目覚ましを手繰り寄せてやっと見えた時刻は、思わず「うわぁ」と声が漏れるようなものでした。
「む」
くぐもった声がして、隣の秋山さんが枕から頭を少しだけ上げました。やっぱりぼやけた視界をはっきりさせようとしてかぱちぱちと瞬きを繰り返しています。
「お、おはようございます!」
「んぅ」
「寝ちゃ駄目です!起きてください秋山さん、もうこんな時間!」
「……何時」
「9時半!」
「俺今日仕事ない」
「私は講義があるんです!」
こんなことをしている場合ではありません。早く身支度してご飯作って、あれ昨日時間割確かめたっけ?と頭を巡らせながら慌てて布団を抜けてベッドを降りようとして、
「だめ」
有無を言わせぬような勢いの腕がパジャマの裾を掴んで、私はあえなく布団の中に引き戻されました。
「秋山さぁぁん!」
「うるさい」
「じゃあ離してください!」
「今日くらい寝とけ」
「だから駄目なんですってば!大学」
「休め」
「休みません!」
まるで聞いていないらしい秋山さんはまた枕に沈んで私のお腹にぎゅうと腕を回しました。睫毛の長い綺麗な顔が静かに目を閉じている姿はこんな状況じゃなければみとれるところでした。だけど事態は一刻を争うのです。何とか逃れようとじたばたと手足を動かしてみますが、悲しいかな体格差は歴然としていました。寝ぼけた秋山さん一人にも私は勝てないのです。
「……明日」
目を閉じたまま秋山さんは呟きました。寝言ではないようです。
「……何ですか」
「明日からはまた俺が仕事で」
「はい」
「それで君も忙しくて」
「まあ、それなりに」
「またしばらく会えなくなる」
秋山さんは目を閉じたままです。私は思わず秋山さんの顔をまじまじと見つめました。昨日の夜は、こんなこと少しも言っていなかったのに。いつものように澄ました顔で、まあ俺も君も忙しい身だし、なんていつもの淡々とした口調で言ってたくせに。
「だから今日くらい一緒がいい」
もしかしたら寝惚けているのかもしれません。いつも言動に歯止めをかける秋山さんの中の大人は今頃職務放棄して舟を漕いでいるに違いありません。私の肩口に頬を擦り寄せる秋山さんは私よりもずっと子どもに見えました。「……寂しいのは、秋山さんだけじゃないんですよ?」
仕方なくそう呟きます。枕元でかちこち鳴り続ける時計をそっと床に下ろしました。耳に届くのは秋山さんの穏やかな寝息と静かな心臓の音だけです。
「知ってる」
悔しいなぁ。全部お見通しなのです。この人は、甘えてる振りをして本当は私に甘えさせてくれてるんじゃないかしら、そんなことまで考えます。やっぱり子どもなのは私一人でしょうか。何となくつまらなくて、体を反転させてぎゅうと秋山さんに抱きつきます。気にしません、だって寂しいのは私だけじゃないんだもの。
「だらだらしましょう」
それを聞いた貴方が、そんなに弛んだ嬉しそうな顔なんかするんですもの!











Title:泳兵
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