「好きだ」
液晶の中では相変わらず景気の良くないニュースを、無表情のアナウンサーが読み上げている。もしも時間帯が違って、この番組が彼が嫌いな恋愛ドラマだったらその中の俳優の発した台詞だと勘違いしたかもしれないほどだった。
「何か言いました?」
「いや、何も」
ソファーに沈み込んで液晶をまじまじ見詰める彼の後頭部は至って冷静にいつもの調子で返してきた。洗い物の手を止めてテレビを見てみる。この国の景気はなかなか好転しないままずるずるとグラフの線を水平に伸ばしていくばかりらしい。就職が不安だと思う。そろそろ他人事と思えない歳になった。大人になるのは不安なことだらけだと溜め息を吐きながら蛇口を捻った。排水口に白い泡が砕けて流れていく。テレビの中で厳めしい顔の評論家がさらに未来を暗くするような予想を述べていた。相変わらず彼の頭は微塵も動かずにひたすら評論家を凝視しているようだった。
経済に興味はなかった筈だけど。かと言って学生の時代はとうに過ぎ去ったというのに私よりもずっと勉強家で博識な彼のことだから、単に私の認識が浅かっただけかもしれない。今でも彼の本棚には、私には表紙さえ読めないような分厚い洋書がたくさんの詰まっている。それを抱えてその手でページを捲らなければ学んだ気になれないとか、言ってたっけ。
最後の皿を食器籠にしまって布巾で手を拭ってからソファーに向かう。水仕事で冷えていた手がクーラーの冷風でさらに涼しくなった。窓の外はそれなりに晴れている。洗濯物も乾きそうだ。彼の方を見ないでその隣にそっと腰を下ろした。相変わらず悲しいニュースばかりがテロップに上げられている。どこかの動物園で可愛いコアラの赤ちゃんでも生まれればいいのに。贅沢かしら。
「私もです」
隣から咳払いの音。首を向けると、秋山さんは照れ臭そうに小さく笑った。













Title:クロエ
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