黄色い街灯に群がった蛾の白い体ばかりが揺らめいていた。身動ぎもしない彼女の黒い目を息を詰めて見つめている。何にも見えてやしないんじゃないかとさえ思った。艶のある黒の表面に黄色と白の光だけちらちらと踊っていた。
「……大丈夫だ」
吐いた言葉の無意味さに自分で幻滅している。これ程彼女を救わない言葉はないなぁと心から失望するくせに、それしか自分は言葉を持っていなかった。
「大丈夫だよ、」
君のお父さんはまだまだ元気に生きていく。また二人で暮らすといいよ。たくさん親孝行してやったらいい。手料理作ってやれよ。君の料理美味いから。ずっとずっと二人で生きていける。怖がらなくてもいいんだ。
何か一つでも言ってやればいいのに、何一つ持っていなかった。
「神崎直、」
まだ黄色と白しか映らない目を覗きこんだ。名前を呼ばれたことに気付いていないかのように相変わらずその中に俺はいなかった。
「秋山さん」
そのくせ唇が俺の名前を呼び返す。飽きずに光源にまとわりつく虫に焦点を合わせたまま独り言のように呟いていた。
「あきやまさん」
「……うん」
「あきやまさん」
耐えるような顔のままだった。吐き出せないものの代わりに溢された俺の名前がぷつぷつと泡のように真っ黒い空に昇って行くのが見えるような気がした。
「言えないなら、良いよ」
「…………」
彼女は無言で首を振る。
彼女が何に耐えているのかなんて俺は全て知っているというのに、俺は彼女を救う手段も資格も持っていなかった。
「……ごめんなさい」
「……何が?」
「子どもみたいでみっともないって、分かってるんです……」
下を向いた顔は前髪に隠されて見えなくなった。それでもそこから落ちた雫は黄色と白の光を灯したまま地面で弾けて消えた。
「……何にも、言えなくて……」
「おい」
「大丈夫、なんですよね」
「……神崎、」
「ごめんなさい」
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す泣き声を止めてやりたくて手を伸ばして、それから動けなかった。
この小さい体一杯に詰まった悲哀ごと抱き締めてやれたら良いのに。その核に触れることも叶わないまま今も俺は彼女の前に立っている。
「いかないでなんて、言えないんです」
「うん、」
脈打つように揺れた羽が火の粉に見えた。










BGM:グリグリメガネと月光蟲
拍手ありがとうございました!
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -