ふにゃふにゃと何事か言葉にならない音を呻いて額から勢いよくカウンターに突っ伏した衝撃でグラスの中身がわずかに零れた。すぐに持ち上がる頭はそのことよりも、頭をぶつけた音の方に驚いているに違いない。やはり不用意に一人で飲み会などに出席させずに同伴してよかった。心から思う。
「なんれすか今の音」
「お前一人の身に発生した事故だよ」
「ふー」
聞いているのかいないのか定かでない、どろどろに焦点の合わない目が薄黄緑のグラスの中を泳いでいるように見える。ふふふ、と脈絡のない含み笑い。
そこに首を突っ込む忌々しい例の顔ぶれ。
「カルピスとカルピスサワーをすり替えたのがそんなに不味かったのでしょうか」
「ベタに水と偽って日本酒を渡したくらいでこんなことになるとは」
「お前らそこで待ってろ、改めて潰す」
表情筋は反省の色を作りながらも二人はめいめい自前の機材を用いて酔い潰れた彼女を撮影している。携帯で連写を繰り返し時折SDカードを入れ換える元同級生にも閉口するが、僅かに開いたヨコヤのトランクから三脚とレフ板が覗いているのに気付いた時は思わず両名にジョッキに残っていたビールをぶちまけた。回避速度が訓練された者のそれで正直更に危機感を覚える。
「お静かにお願いします」
珍しく同席している黒服の女が凛と声を出した。
「神崎様のご迷惑になりますので」
「おやこれは失敬」
「失礼しました」
「俺の迷惑は省みないのか」
諦めてすっかり出来上がった彼女を揺する。
「寝るなよ」
「えへへ」
「えへへじゃなくて」
「寝ませんよぅ」
朦朧としながらもご機嫌らしい。雪崩かかるようにして凭れ掛かってくるのを支えてやる。満足そうに笑みを浮かべるのを見てこちらの頬も思わず緩んだ。
「秋山さぁん」
「はいはい」
「あのですね、」
「私ならここにいますよ神崎さん!」
唐突に割り込んだ白髪が俺と彼女を力ずくで引き離した。重力に従ってくたりと倒れこんだ彼女を抱き留めた葛城が舌打ちする。
「詐欺師なら下心くらい隠してみせたらどうです」
「全くですよ秋山くん、何ですかその慈愛溢れる目、気味の悪い」
「貴方に対しても言ったつもりですよ、白髪」
「何と」
「……あれ、秋山さんが葛城さんに変身……?」
「私は紛うことなく葛城ですよ、秋山くんはそこで指をくわえて見ています」
「いい加減にしろ」
葛城の腕から彼女を奪い返そうとするが、今度は忌々しい二人がにやりと不吉な笑い方を見せる。
「露骨なんですよ秋山くん」
「何の話だ」
「全く、君という人間は経歴の割りに分かりやすくていけません。そのくせ妙にひねくれているから始末に負えない」
「大切な女性に愛の言葉一つ囁けぬまま保護者の立場に甘んずるばかりだから私達の襲来を止めることができないという事実に気付かぬほど愚かではないでしょうにねぇ」
「とか言いつつ彼女を連れていくのも止めてほしい」
「ちっ」
「何となく真面目な雰囲気で誤魔化したつもりか」
「むぅぅ」
殆ど睡魔に負けた彼女がぐずるように唸った瞬間俺達は口を閉じる。何故か目線だけで意思の疎通を果たし、そっと椅子に力ない体を凭れかけさせてやる。すぐに寝息が聞こえてきた。3人でそっとその場を離れてから葛城が口を開いた。
「さしあたっての問題は、誰が神崎さんを家まで送るか、ですね」
「どう考えても俺だろう」
「秋山くんだけはないです」
「ええ、それはない」
「何でだ」
「ここは私がお連れするべきでは?夜道は男性が同伴した方が安全でしょう」
「むしろ危険度が最大値です。同性が付き添った方が神崎さんも安心なのでは」
「かつて散々騙された相手に付き添われて何が安心でしょうね」
「その言葉自分にも跳ね返りませんか」
「ご名答、心がズタズタです」
「だから、俺が連れて帰ると言っている」
「君だけはない」
「あり得ない」
「何でだ」
「分かりました、こうしましょう。3人で互いを監視しつつ神崎さんをご自宅までお送りするのです。それなら問題はないでしょう」
「無粋な約二名がついてくるのはいただけませんが……仕方がない」
「徹頭徹尾納得がいかない」
「しつこいです秋山くん……おや?」
ヨコヤの目線の先を追う。いつの間にやら彼女の姿が消えている。どこへ行った、と辺りを見渡していると、いつの間にか外に出ていたらしい黒服の女が悠々と店内に戻ってくる所だった。
「……お前まさか」
「先程部下に連絡いたしまして、神崎様は事務局が責任を持ってご自宅へお送りさせていただきました」
微笑を以てして一息で言った女は、突然笑顔を吹き消した。
「何か文句でも?」
















Title:クロエ
鈴さんリクエストの「酔った直ちゃんにデレる秋山とそれをいじるエリ葛ヨコ」でした!エリーさん書いたの初めてなので不安が山のごとしです
何かもう秋山をいじるというより単に皆直ちゃんが好きなんだぜな話になってしまいました……いつものことじゃないか
色々と台無しですいませんでした!リクエストありがとうございました。
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