(足りないんです)

(足りないんです。これから死ぬまでのありったけを注いだってまだ不十分なんです。後悔します)

(俺は本当に愚かです。)

さあもう何も心配することはありません。そう言う君は彼らの目にどう映ることか気付いていないのだろう。そこに神様を見るんだよ。そして俺はその一番の信者なんだ、そうだろ?誰が想像できようか、嘘渦巻く悪意のゲームの中で無尽蔵の愛を惜しみ無く与う人間がここに。
涙を流す相手の背中を擦りながら君まで泣き出しそうな顔をしている。お人好しめ。どうせここを出て俺と別れて父親の見舞いに行って自分のアパートに帰ったらまた、今度は一人で泣くんだろう。いつまでも続く不安を吐き出す先も知らずに体を丸めて嗚咽を殺すんだろ。万人に神様を見せるくせに君はどうしたって人間だった。本当は無尽蔵でもないから、自分に向けるべき分の愛まで人に差し出している。
俺は君を、今何も言わず突っ立ったまま眺めている。
やがて君は潤んだ目を袖で拭って、行きましょう秋山さんと声を掛けてきた。一拍遅れて返事をして歩き出す。歩幅の差で生まれる隙間を開けて君が追いかけてくる。
「大丈夫なのか」
うんざりするほど不器用な言葉だと気付いて、返事を聞く前に打ち消した。承知したように君も質問しようとはしなかった。代わりに小走りで隙間を埋めて俺の顔を覗きこむ。
「ありがとうございます」
「何が」
「今回もたくさん、秋山さんに助けられましたから」
「今更だろう」
「じゃあ何度だって言います」
何がありがとうだ何が。どうして君が感謝しなきゃならない。誰かの為に擦り切れていく君がどうして更に負い目を感じなければならない。原因はたった一つだ。空っぽになった君は自分を愛する余裕もない。君は人間だった。ならばせめて俺がそれを埋めてやれれば良かった。身の程知らずだとしてもだ。

(出来ないくせに。)

崇高ぶりはしない。所詮俺は徹頭徹尾ただの人間だった。君よりも浅ましかった。保身と激情に任せて人を騙しました。我が身可愛さに吸い尽くしたものは、君が人に振り撒くものと同量だっただろう。いたたまれなさで歩調を早める。
優しくなければ生きる価値がないなんて抜かしたのは誰だ。優しい君も優しくない俺達も等分に生きているなんてまるで君が馬鹿みたいじゃないか。
足を止める。途端に背中にぶつかる感触。ごめんなさい、と慌てた声に被せるように言う。
「泣け」
「え」
「今は、泣いていい」
一人きりで泣かせるものか。注ぐべきものを自分の為に使い果たした俺に出来ることなんて最早それしかない。感謝しなきゃいけないのも謝らなきゃいけないのも他でもない俺だったのに。今更優しさなんて名乗れないまま俺は今、振り返らないまま君の呼吸の色が徐々に変わるのを聞いている。












BGM:愛し
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