日だまりのように緩んだ頬が愛しかった。思わずこちらも笑い返した。ただ笑うだけで他人を幸せにする彼女は一体何者なのだろうかと思った。
「美味しそうです!」
「ありがとうございます。神崎さんがお好きだと思って用意したんです」
「………」
「特に君のことは考慮してませんけどね、秋山くん」
不機嫌の極みとばかりに敵意ある眼差しを浴びた。愉快この上ない。彼女が色とりどりのケーキに気を取られている隙に、彼に向かって口の端を吊り上げて見せる。
「それにしても神崎さん、どうして彼はここに?」
「葛城さんがお茶にご招待してくれたって言ったら、俺も行くって言うんです!」
嬉しそうに話すのはつまり、私と彼の親交が深まったことを素直に喜んでいるのだろうが、残念ながらそんな事実は存在しないことに気付いていないのは彼女のみである。この男がわざわざ私の元を訪れる理由など一つしかあるまい。……しかし彼女が笑顔なのは、理由はどうあれ、喜ばしいことに変わりはない。複雑な心境のまま紅茶を啜る。
「葛城さんはどれがいいですか?」
「私は神崎さんのあとでいいですよ。お先に選んでください」
「じゃあ秋山さん、」
「俺はいらないから」
「えー……」
どうしようどうしようと十分に迷ってからようやく選んだモンブランを、当然のように秋山くんが器用に皿に取り分けて彼女に渡す。手にフォークを突き刺してやろうかと思った。私がやろうとしたのに。
「神崎さん、秋山くんはどうですか」
「どう?」
「彼は女心の分からない面白みもない男ですからね、神崎さんを蔑ろにしたり、ましてや泣かせていやしないかと私は心配なんです」
「そんなことないです!秋山さんはいつも良くしてくださってます」
「本当ですか秋山くん」
「目にフォークを向けながら尋問するのはやめろ」
「もっもめふ、」
「飲み込んでから話せ」
「本当です!」
「……神崎さんがそう言うのなら」
「最初から言ってるだろ」
全く、忌々しいことに、慣れた手つきで彼は彼女に紅茶を渡してついでに口許についたクリームを拭ってやって、余計にもその艶のある髪をそっと撫でるこの男は、彼女から全幅の信頼を受けている。なすがままにされる彼女はそれこそ飼い主に構われて尻尾を振って喜ぶ子犬の顔をしているのだ。もしその手が私のものであったら、どうだろうか。笑ってくれるのか。
試すのが恐かった。
誰もが彼女を愛している。いくら汚れた手だろうが厭うことなく真っ白な手で握り締めてくれる。その手を今たった一人が独占するのだ。偶然選ばれただけで。一番最初に会えた、それだけの理由でだ。
悔しいのであの男が煙草の箱を取り出した瞬間に、テーブルの上の灰皿を取り上げて、彼女の目がケーキに集中した一瞬でフリスビーの如く遠くに投げる。無言の抗議には黙殺で返す。
「神崎さん、また来週もお茶しませんか。今度は女二人水入らずで」
「え?」
「………」
片や首を傾げ片や眉を寄せる。またこの男は。
知ってるのだ。彼女を我が物になどできやしない。ただ与えられるだけの幸福で甘やかし尽くしてしまいたいだけだ。どこかの豹柄や白髪と違って。
それくらいの権利は寄越せと心中、呟く。届いただろう詐欺師。
「……ああ!」
急に何事か閃いた顔の彼女。モンブランをフォークで大きく削ってこちらに差し出す。
「え、」
「ごめんなさい、私また自分のことばかり考えて!どうぞ葛城さん!」
「………」
「本当はモンブラン食べたかったんでしょう、だからもう一回お茶会するって!もう殆ど食べちゃったけど、せめて一口だけでも!」
「………」
彼女の隣の詐欺師は衝撃のあまりか握り潰した煙草の箱をぽとりと落とす。沸き上がる幸福。そうこの真剣な顔でモンブランを差し出す彼女は、誰も彼もいとも簡単に幸福にする。
お言葉に甘えて、涼しい顔で身を乗り出してやる。悔しかったらやってみろ詐欺師、はい、あーん、だなんて!












Title:クロエ
りつさんリクエストの「直ちゃん大好きな葛城さんに甘やかされる直ちゃんとそこはかとなく秋山を交えてほのぼの」でした。
ちょ、ここに直れ私。ちょっと辞書で「そこはかとなく」と「ほのぼの」の項目引いてみ?秋山普通にフルタイム出勤じゃない、そしてほのぼの……とか……
あと私の考える甘やかし方は大抵食べ物を与えることなんですね、食い意地張ってるのがばれました
こんなどうしようもないものですが捧げます!雑巾にでもしてやってください、リクエストありがとうございました!
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