2012/10/20 07:42

 両親が、前世や先祖といった話を語り始めたのは自分が小学校生活も後半になってからだった。とても大事なことだからと言って、まるで童話を聞かせるかのようにゆっくりと、そして何度も何度も語っていた。
 それは昔々、ご先祖様がまだ今とは違う名字だったときのこと。ご先祖様はとある一族を呪い、その名を奪いそして新しい名を差し出した。その代償に自身の一族も呪われてしまい、それまでの名を失い今の名字になったのだという。名を失い、これまで築き上げてきた名声を失ってしまった両家はお互いに憎しみ合い、それぞれ決別の道を選んだのだが、二つの一族は強固たる運命で結ばれているため、世代を渡り何度も両家は合いまみえているらしい。しかしその度両家はお互いを避け続け、何度運命が再会を繰り返そうと人為的にすれ違い、許し合える日はこれまで訪れなかった。
 両親はここまで語ると父さんはまるで遠いところへ思いを馳せるかのような寂しい目をして笑い、母さんは決まって俺を抱き締めた。何故涙を流すのかは分からないが、母さんはぎゅうぎゅうと力強く俺に抱き付き、隠れるように泣いていた。母さんの涙に気が付いた父さんは俺の頭を撫で、母さんごとその大きな腕で抱き締めてくれる。その力があまりにも強いものだから母さんも俺も苦しくて、お互い困ったように笑うと、父さんも嬉しそうに声をあげて笑う。
 幼かった俺には、先祖のことや呪いのことはあまり理解出来なかったけれど、それでも両親が大事にその話をしてくれていたので必死になって聞いていた。そして最後は決まって三人で抱き締めあって、母さんは涙を流しながらも三人とも笑っていた。この絆を何よりも大切にしなくてはと、小さいながらも決意する。
 それはまだ、俺が運命を理解していなかったときのこと。

「それでもね、飛雄。」
「?」
「いつかお互いを許し合える日がやって来て、分かり合えることが出来たら、それまでの呪いが解けて二つの一族は幸せになれると言われているのよ。」
「そんな日、いつ来るの?」
「いつでしょうね。それはご先祖様に聞いてみないと分からないわね。」
「もう死んでるんだろ、その人。」
「えぇ、呪いの元凶のご先祖様はもう亡くなってしまっているけれど、人は何度だって生まれ変わるのよ。」
「どういうこと?」
「…………飛雄?出会いを大切にしなさい。運命に素直に生きなさい。そして、人を愛してあげなさい。」
「?よく分からない。」
「そうね、でもきっとすぐに分かるわよ。」
 そしてその言葉の真意を知るのはそれからすぐのことだった。
 親戚が集う場所にて、昔から周りが自分のことを「運命の子供」と呼ぶことにたいして最初は不思議に思っていたけれど、どうやら俺は呪いの元凶となるご先祖様の生まれ変わりらしいと知った。そして向こうの一族にも、生まれ変わりの運命の子供が生まれているという。大人達は俺の前ではその話をしようとはしなかったのだが、何度も話をしていれば自然と俺の耳に話が入ることがあるし、そして何より親戚が俺に向ける眼差しか異様なものだったので勘づいてしまう。
「うちの運命の子供は生まれ変わっても男だが、向こうはどうやら本気でうちから遠ざかりたいらしい。」
「あの忌々しいビッチ、いや、お姫様の生まれ変わりは男だっていうじゃないか。」
「何だってこうも運命は意地悪なのか。」
「うちの大切な運命の子供を、人としての邪道に走らせるのは気が進まないな……。」
「それも、本人達が決断することよ。運命が導くままに。」
「運命ねぇ……。」
 実際、親戚達がビッチ姫と呼んでいた呪いの元凶のお姫様の生まれ変わり、運命の子供に俺が出会ったのは小学校を卒業し、中学生になったときだった。俺はその出会いが運命によるものだとは分かりもしなかったけれど。
「飛雄ちゃーん、今日も一人で練習?」
「……及川さん。」
「コート上の王様も、コートの外では可哀想な一人ぼっち君だね!」
「怒りますよ。」
「怒って怒ってー。」
「……。」

 母さんは出会いを大切にしなさいと、運命に素直に生きなさいと、人を愛してあげなさいと言っていた。けれど俺は人をちゃんと大切に出来るほど器用ではなく、運命を受け入れられるほど素直ではなく、運命の相手だと気付けるほどその人を愛してはいなかった。
「……ねぇ、どうして高校は同じところを選んでくれなかったの。飛雄ちゃん。」
 決まってるだろ、アンタが居るからだよ。
「寂しくなるなー。」
 嘘つき。
「君を敵にはしたくなかったよ。」
 嘘つき、嘘つき。
「…………じゃあね。」
 苦しく辛い中学時代の終わり。運命は今回も人為的にすれ違い、離れようとする。
 俺達が本当の意味で許し合い、分かり合える日が来るのはもっとずっと先のことだった。

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