2012/08/21 01:45

【三番目 紀田正臣】

 今よりもっと昔の事。あの頃はまだ今みたいに沢山の人はいなくて、俺と帝人ともう一人、その三人で単位をなしていた。
 昔から仲が良かった俺達。毎日三人で遊んで笑って喧嘩して泣いて、怒って、仲直りしてまた笑って。そうやって三人でずっと楽しく過ごしていられると信じて疑わなかった。実際、今も三人は一緒でいられてはいるけれど、でも昔のままの三人ではいられなくなっている。あの頃と同じではない。少しずつ何かが変わっている。
 平和島静雄、あいつのせいで。

 三人で遊んでいた時、帝人はよく「あいつ」の話をしていた。俺達よりもいくつも年上の「シズオお兄ちゃん」の事を。
 シズオお兄ちゃんこと平和島静雄は、近所の喧嘩がとても強い幼馴染み。一度平和島静
雄にいじめっ子から助けられたことのある帝人は、そのときの勇ましい姿に見惚れてしまって以来、あいつに憧れと尊敬の想いを抱き、よく懐くようになった。
 帝人はことある毎に「シズオお兄ちゃんがね」と口を開き、あいつの武勇伝を意気揚々と語っていた。
 シズオお兄ちゃんがね、標識を引っこ抜いて大人数相手に喧嘩してたんだ。相手にはシズオお兄ちゃんよりお兄さんの人もいたけど、勿論シズオお兄ちゃんが勝ってたよ!
 シズオお兄ちゃんがね、投げた自販機がお空の上まで飛んでいったんだよ。あれは凄く綺麗だったなー。
 シズオお兄ちゃんがね、シズオお兄ちゃんがね。

 帝人はいつも楽しそうに話していたけれど、俺はそのシズオお兄ちゃんを嫌っていたため、帝人の話を聞いていて少しも楽しくなんてなかった。
 それでも毎回その話に付き合っていたのは、あいつの話をしている時の帝人が楽しそうだったから。興奮したように感情を高ぶらせ、普段は聞かせてくれないような心底嬉しそうな笑い声を上げてくれるからだった。
 帝人をそうさせるのが、どうして一番近くにいる俺達ではなくよりによってあいつなのだろうと毎回悔しくなる。その理由を知っているくせに「どうして」なんて思ってしまうのは、それを認めたくないからだ。
 そもそも俺達と帝人が出会う前からずっと帝人の心はあいつのものだと思い出して、悔しさは更に強まる。
 帝人がいつも話す強くて、かっこよくて、スーパーヒーローみたいなあいつ。
 もう一人の友人である彼女はどう思っているかは分からないが、俺は大嫌いだ。帝人が大好きなあいつのことが。
 スキとキライ、ダイスキとダイキライ。その違いは大きく、俺達は少しずつ確実にすれ違いを重ね、時間が経つと共に次第にお互いの「相違」に気が付きはじめていくのだ。


 あれは確か、四番目が生まれてくる少し前のことだった。
 俺達三人は共に小学校を卒業し、桜吹雪の空の下、新しく中学生になった。といっても帝人も、もう一人も、あまり外に出たがろうとはしなかったため、学校に通っていたのは殆どが俺だったけれど。
 学校に通うために着用する制服。何がそんなに気に障るのかは知らないが、帝人は制服をあまり好いていなかったけれど、私服を着慣れていた当時は制服というものが新鮮で俺はそんなに嫌いではなかった。
 それに腕を通して鏡の前に立つと、見慣れた顔が少しだけ大人っぽく見える。きっとそれは制服のせいだけではなく、成長期をむかえた体がいつの間にか大きくなりはじめていえて、改めてそれを実感できたお陰もあるだろう。そしてそれは周りの同級生達も一緒で、小学生だった時と比べると心身ともに変わりはじめているようだった。
 中学生、成長期、思春期。自分も周りも少しずつ成長しているのだと、そう思っていた。

 「相違」に気付く、きっかけ。
 最初にその違和感を感じたのは、俺ではなく彼女だった。もう一人の友人、杏里。
 杏里は俺が外に出ている間、引きこもりの帝人が寂しくないようにとずっと帝人の側にいて話し相手をしてくれていた。
 一日の殆ど帝人の話に付き合ってやっていた杏里。
 その時もいつものように「シズオお兄ちゃんがね」「シズオお兄ちゃんがね」と、あいつのことばかり話していたという。そんな帝人の話を聞いていて、その日の杏里はふと、「まるで彼(帝人)は、あの人(シズオお兄ちゃん)との思い出にとりつかれているようだ」と、思ってしまった。
 そしてその瞬間、今まで気付くことのなかったある重大なことに、杏里は気が付いてしまった。むしろ今まで何故気付くことのなかったのか。あまりにも重大すぎるその事実に、杏里は一人打ちひしがれてしまったという。
 そのことはすぐに俺にも知らされ、杏里は「ごめんなさい」「ごめんなさい」と誤り続けていた。震えていたあの声はきっと泣いていたのだろう。杏里一人が責任を感じて泣くことなんてないのに。気が付いてやれなかったのは俺も同じだ。
 帝人の誰よりも近くにいるはずなのに、どうしてもっと早く気が付いてやれなかったのだろう。何故今になって気付いたのか。
 泣き声を上げている杏里に帝人が気が付き、戸惑いながらも優しく声をかけて寄り添っている。
 そうだ、帝人は優しい奴なのだ。昔から変わらず、いやむしろ何も変わってなどいないのか。
 毎日飽きもせずにあいつの話ばかりして俺と杏里を困らせて、まるであいつとの思い出に囚われているよう。
 あのつらい出来事より前の楽しかった思い出に引きこもって、時間の経過を拒絶するかのように外に出るのを嫌がる。
 帝人の中の時間は止まってしまっていたのだ、あの日からずっと。
 そんな事を考えながら、俺は鏡でみた制服姿の帝人を思い出していた。制服を着込んだ帝人の体はあの頃よりもずっと大きくなっているのにも関わらず、その中の帝人自身はまだあの頃の小学三年生のままなのだ。
 帝人を取り残して、周りばかりが成長していく。これは本来あってはいけないことだった。
 もしかして、と杏里を思う。さっきの謝罪の言葉と涙はそういう意味だったのかもしれない。
 三人一緒だったはずなのに、いつの間にか帝人だけ置いてけぼりにして過ごしてしまっていた。あれほど帝人に寂しい思いはさせないと気遣っていた杏里に、その事実はあまりにもショックだったはずだ。だからこその涙。
 どうして?何故?それに対する思いつく限りの理由はすべて正しいようで言い訳に過ぎず、そして安易な言葉で説明付けられるほど俺達三人の在り方は単純ではなかった。それは未知なる心理のもとにあって、どうして何故の答えはもとより、どうやって会話がなりたっているのかすら俺達にも分からない。
 大切な友人達と自分に関する事なのに分からないことだらけ。何よりも揺るぎないはずだった俺達三人の絆に、突如降りかかった涙が影を落とす。
 誰よりも優しく強いはずの彼女のその涙は、様々な衝撃と影響を周りに与えてしまった。その周りとは俺であり、帝人であり、そしてその後に生まれた新しい人格であった。
 その後に生まれてきた人格、四番目の人格の出現が火種となって俺達の日常は大きく歪んでいく。

 三人で一つの単位をなしていた。俺、帝人、杏里。けれどいつの間にか俺達の間には大きな相違が生じていて、気が付いた時にはもう後戻りが出来なくなっていたのだ。歪んでしまった三人の絆。
 帝人が好きだと言っていたあいつは強くて、かっこよくて、スーパーヒーローみたいで。俺があいつのようだったら、今も大切な絆を守れていたのだろうか。俺が、あいつだったら。
 俺は帝人のことを傷付けたあいつのことが大嫌いなのに、それでも憧れのような気持ちを抱いてしまっているのは小さい頃から帝人共にいてっその輝かしい武勇伝を聞いて育ったせいだろうか。それとも俺達はあいつに対するそういう気持ちを共有するようになっているのか。どちらにしろ、なんて悔しい。気持ちが矛盾してしまっている。ダイキライ、なのにアコガレ。
 平和島静雄、どこまでいっても憎たらしい存在だ。
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