2011/10/21 07:50

「だってこの頃の帝人先輩、何か変じゃありませんか。」
「へぇ、俺にはどこもおかしくはみえないけどね。」

「この後帝人君と会う予定があるから」

興味なさげな答えに、これ以上の会話は意味がないと早々と立ち去ることを決めた。
臨也が鈍感だと思ったことなど過去に一度もない。むしろ男が持つ高度な洞察力のことを考えると、さらにおかしい。
臨也は気づいていないとでもいうのだろうか。この頃の帝人がはなつ違和感を。

「あなたが何を考えているのか、僕に教えてもらえませんか。」
「帝人先輩。」

「この後臨也さんと会う予定があるので」

「反射的な反応は返すんだけどね。」
「あとはどうも造形的なんだよねぇ、どの表情も。」
「臨也。どうやら君は、彼をおかしくしてしまったようだ。」
「その事に君は気づいているのかい。」


感情を失ってしまったんです。
だから答えられません。

説明してよ。

おかしな話でしょう。感情を失ったと言っておきながら不安感だけはちゃんと感じるんです。そんな矛盾がなおさら僕の不安を駆り立てる。
でも一応、そんな不安を払拭するために努力はしてはいるんですよ。例えばこの表情とか。これ、作り物なんですよ、気づかなかったでしょう。
分かりやすくいうと、今、臨也さんが僕に「表情を消せ」と言えば、僕はこの無理してつくだしている表情をすべて消すことも出来るんです。だって作り物ですから。
もともと表情ってのは、脳が感情を感知して顔の筋肉に信号を送り、その信号に従って笑ったり怒ったり筋肉を動かすことですよね。でも、今の僕には、その脳が信号を送る前の段階、感情を脳が感知することがまず出来ないんですよ。感情と脳の配線が繋がっていないんですかね。つまりそのせいで顔の筋肉には信号が送られず、下手したら一日中何をしていても無表情なままなんです。でもそれだと日常生活に支障をきたすので、笑わなくちゃいけないとき、怒るべきとき、表情を出さなければいけないとき、僕は今まで脳が無意識に行っていた○○○○を、脳に「笑え」と命令し信号を送らせて人為的に表情を作り出しているのです。
無意識的な○○○○と比べると、意識的なこの方法は少し時間がかかるんですけどね。作り笑いも、完璧な表情さえ作れれば、大抵の人は騙されてくれます。あなたに教わった演技力がこんなところで活用できるとは思いませんでした。世の中何が役に立つか分かりませんね。
まぁ、自分が感情を失うことになるってことのほうが予想できませんでしたけど。だって誰が思いますか。喜怒哀楽を失い、美味しいも不味いも増してや好き嫌いも分からなくなるだなんて。
自分の気持ちが分からない。だからね、臨也さん。以下略

ごめんなさい、無感情に言い放たれた言葉に臨也は返事を返すことが出来なかった。彼が帰っていった扉を見つめ、呆然と立ち尽くす。
感情を以下略



嗚呼、と悲痛な叫び声をあげてしまいたくなった。
彼の精神が病んでしまうほど心に傷をつけることが出来る人間なんて、世界中を探し回ってもたった一人しかいない。折原臨也、自分自身だ。
帝人がまだ高校一年生だった頃、彼には二人、仲の良い友人たちがいた。毎日遊んだりじゃれ合ったり馬鹿みたいにふざけたり、時には些細なことで喧嘩もしたり、青春時代という輝かしい時間を共有する大切な友達だ。その二人と一緒にいる時の彼はいつよりも楽しそうに笑っていて、それはその側にいる二人も同じで、そんな彼らを見ているだけで素敵な関係だったのだろうと思えた。
でも、そんな素敵な関係をぶち壊したのが、他でもない臨也であった。その頃から帝人に執着心を抱いていた臨也は、彼の隣を独占していた友人たちに嫉妬し、腹いせのように傷付けはじめた。過去のトラウマを抉り、人間性を貶し、居場所を壊し、彼の隣にはいられない状況に陥れ、最後には臨也の企てにより彼らの関係は修復不可能な状態にまで壊れてしまった。その時点で帝人は、学校でも私生活でも一人ぼっち。後は簡単なことで、悲しむ帝人にその原因は自分であることを隠し近付いて、甘い言葉で惑わし、その首を頷かせてしまえばもう、彼の隣は臨也のものとなってしまった。
彼の友人たちへの気持ちなど捻じ伏せて、自分の欲するがままに彼を手に入れた。そのとき受けた心の傷からの自己防衛。彼は感情を閉ざし、凍てついた心は麻痺して、ついには感情自体を欠落させてしまった。
帝人が感情を失ったのも、好き嫌いも分からなくなってしまったのも、全部が全部臨也のせい。過去の自分が帝人に刻み込ませた傷の深さを思い知らされ、痛々しく、臨也は顔を歪ませた。

見ると、壁に掛けていた時計の針はとうに深夜を指していた。何時間も考えに浸っていたことに素直に驚きを感じる。
次に見たのは帝人が出て行ってしまった部屋の扉で、見ればそこから目が離せなくなる。今更彼を追いかけても、今更自分の過去の過ちに気が付いてももう手遅れ。あまりにも時間が経ちすぎている。
〔皮肉な話ね。〕
まるで誰かが笑っているかのようだった。
〔彼の気持ちを捻じ伏せてでも彼の隣を手に入れたのに、今になって彼の心を手に入れようとすれば、彼は感情を失っていた。〕
〔あなたは手に入れてはいけないものを欲しがってしまったのよ。〕
〔もしくは、手に入れる順番を間違えたか。〕
〔どちらにしろやり直すにはもう手遅れよ、諦めることね。〕
優しい言葉など掛けてはくれない、有能な秘書。彼女がこの場にもしいたら、絶対にそういうだろうなと力なく笑う。気のせいか小刻みに震えだした両膝に、その場に立っていることが苦痛に思い臨也は近くのソファーへと崩れ落ちた。一度崩れればもう立ち直ることなど容易ではなく、その日臨也はそのまま眠りの中へと落ちていった。

眠りの間際、聞こえた時計が進む音に「戻れ、戻れ」と念じながら。


「あんな変態とは縁を切ったほうがいいと思いますよ。」
「変態?」
「えぇ、例えばストーキング行為とか盗撮盗聴とかね。」
「え?」
「いえ、例えばの話です。気にしないで下さい。」

「大丈夫だよ、もしかしたら僕たちはもうダメかもしれないしね。」
「…………何かありました?」
「ううん、別に。」

果たしてさっきの帝先輩の言葉は、盗聴器を壊しておかなくて良かったのか、良くなかったのか。どちらにしろ向こう側のあの人は心穏やかではないはずだ。


スーキング真っ最中の臨也さん。
彼の日常生活をよくよく見れば、確かに彼の行動に違和感を感じるが沢山あった。その表情が作り物であると知っているからなのか、彼が周りの人達と話す時の顔がどこか不自然そうにみえた。例えば、ふとした瞬間の笑みが目だけ笑っていなかったり、たまに顔が引きつったり。そして気づいたことがもう一つ。彼は基本的に人と目を合わせない。それは会話中で会ってもだ。どこかふらふらと目線を彷徨わせている。どこをみているのか、誰を見ているのか。
もしかして、と臨也の胸に小さな痛みが走る。
〔誰かを探しているのか?〕
思い出がつまっているだろう学校という場所で、彼は誰かの面影を探しているのではないか。友人たちと過ごしたときと変わりはしないその風景の中に、友人たちの姿を探しているのではないか。
違う、違う、考えすぎだと思考を遠くに追いやっても、どんどん嫌な事ばかりを考えててしまう。


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