2011/05/02 17:07

 その別れは何の前触れもなく、少年のもとに訪れた。
 それはあまりにも突然の別れだったので、彼は悲しみを一身に受け止めてしまい、その悲しみに備えも身構えることもできないまま涙を流した。涙は流れて落ちてアスファルトの渇いた地面へと落ちていく。
 チャリン、チャリン。涙が落ちた音にしては金属的なそれは彼の手の内から小銭が落ちた音だった。立ちすくむ彼には小銭を拾い上げる気力もないらしく、潤んだ二つの瞳でただずっと見上げ、見上げるその自販機は煌々と明るく、しかし彼にはくすんで映っていた。

「…………。」

 彼の傍らでは彼の友人である少年がなんとも複雑そうな面持ちで、彼にかける言葉に迷っているのか一向に口を開くことはなかった。しかし、友人の目は確かに語っていた。
 『お気に入りのジュースがなくなったくらいで、何でこいつ泣いてるんだ。馬鹿なんじゃないか。』と呆れような目つきで。

「僕の、僕の『Mountain View(マウンテンビュー)』が消えた……だと」
「いや、『マウンテンデュー』だから」

 そう、彼がいつも愛飲していた炭酸飲料(勝手にあだ名を付けてしまうほど愛していた)が自販機から姿を消した。その別れはあまりにも突然で、この悲しみと寂しさと喉の乾きをどう癒したらいいのだと彼は歎き憂いていた。
 自身が流した涙を拭えないその両手でダンッと自販機の中の商品ラインナップが見える部分を叩き付け、「返せよ……俺の『Mountain View』を返せよ!」と自販機に叫んでいるようだった。その腕は微かに震えている。
 彼の心境が垣間見えるその行動に彼の友人は、「自販機は悪くない、彼は自分の仕事をしているだけなんだ」「つか、壊れるから止めろ」「周りからの視線も痛いし、お前もなんか痛い」「そして『マウンテンデュー』な」と冷静な言葉で宥めていた。

「つか、たかがジュースに泣いてじゃねぇよレッド」
「泣いてない、これは、心の汗だ」
「いえ、心は汗をかきません」
「またの名を目薬とも言う」
「……やらせ乙」

 この時はじめて友人(グリーン)は彼(レッド)のその手の平に目薬が握られていることに気が付き、イラッと額に青筋を浮かべた。グリーンが持つミネラルウォーターのペットボトルが握り潰されたような不吉な音を立てたが、レッドはまったくの無表情でどこ吹く風である。

「『Mountain View』がない自販機で、僕は、いったいなにを買えば、いいんだ」
「なんでもいいだろ」
「ただの水に140円も払うような馬鹿野郎は、黙れ」
「お前、ミネラルウォーターを馬鹿にするんじゃねえ」
「グリーンを馬鹿にしている、んだ」
「殴る」
「いや」

 ちなみに今は授業の合間、休憩時間でもうじき次の授業が始まるのだが、レッドがぐずり全く自販機の前から動こうとしないのでグリーンはかなり苛立っていた。
 レッドはレッドで、愛飲しているジュース以外は買わないとスタンスを守り続け、グリーンの苛々と「次の授業始まるんですけど」という焦りは増すばかりである。

「……仕方ないな」

 グリーンが深く溜め息を吐く、制服の尻ポケットに入れていた財布から野口英世を取り出し、レッドが張り付いて離れようとしない自販機に投下した。

「今日は俺が奢ってやるから我慢しろ」
「……」
「マウンテンデューが売ってる自販機はまた今度探そう、な?」
「ほんとう?」
「あぁ」
「じゃあ、カルピスソーダがいい」
「はいはい」

 ガゴンッ。落ちてきた缶を拾い上げレッドに手渡すと、彼はめったに無表情を崩さないその顔を嬉しそうに綻ばせた。
 グリーンの幸せの鐘が鳴り響く。

「やっぱりグリーンは、僕に、なんだかんだ甘いよね」
「う る さ い」
「そういうとこ、好きだけど、ね」
「………………」
「?」
「…………いや」
「あっ!レッドせんぱーい!」
「えっ、レッドさん!?」
「あっ本当だ、グリーン先輩も居る」
「あれ、みんなジャージだ」
「前の授業、体育だったんですよ」
「あぁ、なるほど、だからか」
「納得するレッドさん可愛い、ハスハス」
「コトネ、なんか、近い」
「…………グリーン先輩は何で顔真っ赤なんでしょうか」
「ん?知らない」
「まさか!グリーンさん、こんな真昼間からレッド先輩によこしまな妄想を!」
「ひゃあああ、止めて!私の純粋マイエンジェルなレッドさんを汚さないで!卑猥よ!」
「黙れよ」






(時間がないので強制)END

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