2011/02/08 21:50

僕の、言葉が、少ないのは分かっている。
好きだ大好きだばかりを馬鹿みたいに繰り返して、自分の内に溢れる気持ちを上手く相手に伝えられない。相手の心を振るわせたいのなら映画の名シーン並の名台詞を使いこなせないといけないらしいけど、格好良い言葉を使おうにも僕の陳腐な頭ではそんな洒落た言葉が思い付かないんだから無理な話なわけで。こんなことなら理系ばかり専攻しないで文法や慣用句の一つや二つ学んでいれば良かったのだ、頭の中にある数式や元素記号など対人戦の意思疎通ではまったく役に立たない。文系に詳しい気障な友人に相談できたのなら万事解決できるのだけども、対人戦の相手がその友人なのだからその本人に口説き文句の相談をするなんて馬鹿な真似は絶対にできない。
万事休す、どうしたらいいんだろう。

「正チャン、何変な顔してるの。また課題提出に息詰まった?正チャンがいいなら手伝ってあげようか?僕もう終わったから」
「元々こういう貧相な顔です、課題はまだ余裕があります、もう終わったとか嫌みですか、白蘭さん」
「うん、そう。正チャンからかうの楽しいんだもん」

ふふっと笑う声に無性に腹が立つ、こっちは課題で苛々としているのにそれを承知の上での嫌みは達が悪い。僕がレポートに挑んでいるその横で彼は、大好物のマシュマロ(パッケージには『蜂蜜味、新発売!』と目立つ書体で書かれている)をもしゃもしゃと頬張っていた。鼻につくその甘ったるい匂いに頭痛がして、「向こうで食べて下さい」と睨んでも「気にしない気にしない、課題に集中して」と軽くかわされてしまう。この男、いつか血糖値の上がり過ぎでくたばってしまえ。ハムスターよろしく頬にマシュマロを溜め込んだ相手に心の中で悪態をつく。

「今回はいつにも増して苦労してるみたいだけど、なんの授業の課題なの?あっ、マシマロ切れた、正チャン購買行こう」
「精神論を駆使すれば、物質的諸事象統御への考えが拓かれる。精神論を学べだなんて物理学の講師の言葉とは思えない、なんの気まぐれだよ。マシマロ?マシュマロなら一人で買いに行って下さい、僕は意味不明な文書の相手をするので手一杯なので」
「気まぐれというか嫌がらせだろうね、正チャン頭良いから気に入られてるんじゃない?まぁ、たまには物理的思考を取っ払って形ない事を学ぶのも勉強になるでしょう、将来役に立つよ。嫌だ、一人で行くの寂しい、正チャン行かないなら泣いちゃうよ」
「白蘭さんは得意分野だからそんな事言えるんですよ。というか貴方はどんな分野でも一通り理解できるんでしたね、どんな頭の造りしてるのか、爆発しろ。 子供じゃないんだから……泣きたいなら泣いていいですよ。僕、次の講義行くので」
「酷い!それ二重の意味で酷いよ、正チャン!ちょ、置いてかないで!」

僕の後ろに慌てたようについて来る彼はまさしく子供のようで、こんな人が色々な知識を網羅するこの大学の期待の星とは、本当にどんな頭の造りをしているんだか。通り過ぎる通行人(特に女の方だが、時々野郎もいる)が彼を見て頬を染めるのをみると、どうやら顔面偏差値も高いらしい。
天は二物を与えない?なら彼は何なんだ、もはや天上人の次元じゃないか。だからこそ二物も三物も持っているのか、なるほど納得。天は二物を与えない。なら僕には何を与えてくれたと言うんだ、彼に気持ちを伝える手段だけでこんなにも苦労しているというのに。出る杭は打たれるというが、僕らの世界は彼の突出した才能を打ち潰すどころか褒めたたえているじゃないか。それに比べて僕は、どこにでもいるような地味な学生。少し得意だからと工学大学へと進学したというのに、そこでは自分の才能など月並み程度、増しては完璧人間の彼に出会い懐かれ寄り付かれ、平々凡々に磨きがかかる始末。別にいいんだけど、才能人になりたい訳ではなかったし、誰かと何かを競い合い潰し合うのは好きじゃない。
それに……。

「白蘭さん、仕方がないから後で一緒に購買行ってあげますよ」
「え?」
「講義の後でね」

拗ね気味だった彼の顔がみるみる笑顔で明るくなる。「正チャン、大好き!」と抱き着かれた時は流石に周りの目を気にして引っ叩いたが、手を繋ごうとする彼の笑顔は満更嫌ではなかった。
地味を形にしたような僕だったが、天上人な彼の隣は、案外居心地が良かった。例え彼が天上人ではなく、底辺な彼でも同じだろう。彼のもたらす雰囲気は何故だか心地が良い。


まぁそれでも彼は天上人な訳で、その後の講義中に何度も「お前の頭、爆発しろ」と祈ったのは仕方がない。




天上人な貴方には、どんな名台詞でいえばこの気持ちは伝わるのでしょうか。
語彙の少ないこの僕でも、貴方の心を振るわせる、そんな口説き文句を。
とにかく今の自分に言えることといえば、『白蘭さん、僕は貴方の事が好きです。大好きです』



END
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title by 「埋火」

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