初雪が降る前に |
「あ、」
空からふっかけている白いものがちらりと目に写る。ついに東京にも風花が舞ってきたか。夜久はそんなことを考えながら電話口の向こう側の人物の楽しげな笑い声を聞いていた。
『衛輔?どうかした?』
孝支の不思議そうな声を聞き取る。窓の外の景色は北風が吹いているのが目で見てもわかるのに、心はとても温かかった。
「今ねー、東京風花吹いてる。」
『えぇー!今頃!?』
こっちはもう20センチくらい積もってるよ。という雪国ならではの言葉を聞いてとても驚いた。
「20センチ!?」
5月の合宿から少し経った夏の日、もう一度烏野と音駒で試合をした時に仲良くなって、あれよあれよと恋人になってからもう半年が経とうとしていた。会える機会はあの合宿を含めてたった2回。正月に孝支が大学を見にきて会っただけだった。それでもこう、長く続ける事が出来ているのは凄く嬉しい。
お互いが部活を引退して、受験モードになっているこの時期。週に1回、息抜きだなんて言って恋人の声を聞くことを楽しみにしている。
『そっち初雪まだなの?』
宮城は3ヶ月前くらいにもうボッソボソ降ってるらしい。20センチの積雪なんて生まれてから見たことない。
「うん、まだ。でもそろそろ降りそうって天気予報で。」
実は雪はあまり好きじゃなかったりする。
ただでさえこんなにも離れていて、会いたくて、触れたいのに。これ以上寒くなってしまったらさらに恋しくなってしまうではないか。
『んー、そっか・・・』
会話が終わって、静かになる。この時間がちょっとだけもったいないな、なんて思うときもあるけど。
「ねー孝支ー、」
甘えた声音を作って、声をかける。
『なにー?』
「寒い、」
こんなこと言われても、だからなんだよって感じだろう。だけど。会いに行っていい?とか会いにきて?とかそんな重いこと言いたくない。それにまだまだ受験生だから。我が儘は言わない。少しくらい我慢するよ。
『俺も、寒いよ。・・・あのさ、』
また、次の新しい会話が始まる。人が昔の記憶を忘れていくように、記憶がどんどん積み重なって薄れていくように会いたい気持ちも。今は弱まっていってくれればいいのに。
『衛輔に、会いたい、』
え。
大好きな声で、会いたい、というセリフ。自分と同じこと考えていたなんて。嬉しくて、大きな声が出ないように落ち着いて返事をする。
「お、おれも!孝支に、会いたい!」
冬の澄んだ空気のおかげで星がくっきり見える。一人だけで見てるはずなのに、孝支も同じ星を月を空を見上げているのかななんて思うと、嬉しくなった。
『試験の前の日さ、東京行くんだけど、会える?』
「えっ?前日勉強しないの!?」
『一緒に勉強しようよ、』
図書館とか、近くになんかあるべ?
孝支はテンションあがると方言が出る、って前の合宿で言ってた。宮城なまりの言葉が聞こえてきて密かにドキッとして幸せな気持ちになった。
「うん、おっきい図書館あるよ」
近くにファミレスも本屋さんも、ある。試験前日くらいは息抜きでいろんな所回ろうか。なんて。
『おー!じゃあ行くべ、』
受かるように勉強しとく、という乾いた笑い声を聞いて、やっぱり好きだなと実感する。
テレビではアナウンサーが初雪が降りそう、と言っていた。
「初雪の前に、会いたいね」
寒くなってしまう前に。人の温もりが恋しくなってしまう前に。
そんな俺の心配を打ち消すように孝支は、さらりと恥ずかしい言葉を囁いた。
『その前に迎えにいくよ、』
初雪が降る前に
(早く、迎えに来てください)
一周年ありがとうございました!
2人とも天使な菅夜久を目指して、撃沈。
タイトルは確かに恋だったさまより。