※プロローグ続き。長男彼女は名前固定です。




もっとも永く続く愛は、報われぬ愛である。
ーーーサマセット・モーム。


その名言はあながち間違いではない。
そのことを知るまでに、少し時間がかかるだけだ。


だがしかし、それを知った時。
人は何かを失うだろう。



●最低達の未来


「どこも雰囲気最高だね!どうしようかなぁ」

俺の部屋にいる目の前の彼女は、そう言って複数のパンフレットを見比べる。
こっちは見晴らしがいいけど、こっちはチャペルのステンドグラスがすごく綺麗だし…。とそのパンフレットのページをパラパラと捲ってはふふっと笑いを洩らした。

「あとはスタッフさんの感じも大事だよねぇ。どうしようか?早く決めないと」

「…え?」

「…聞いてた?私の話」

「…あ、ああ!聞いてたぞ?」

俺はそう言って精一杯笑って見せた。

なまえがこの街を去って一ヶ月。
俺の心の中は、ポッカリと穴が空いたような感覚だけが続いてる。

なまえが初めて俺の前で泣いたあの日。
そして、なまえが俺に黙って街を出たあの日。
ぐるぐると巡るのは、その時の事ばかり。

俺はなまえを傷つけ、苦しめた。
ずっと、ずっと。傷つけ、苦しめ続けた。

ふと、過去に戻れたなら。と思う時がある。
そんな事はありえないし、考えても無駄だと分かっていても、そう思わずには居られないのだ。

「じゃあ、炭治郎はどの式場がいい?」

「…えっと…。…そうだな。マユミの好きにしたらいいよ。」

俺はそう言って困ったように笑った。



マユミは他校の女子校の子だった。
実家で営むパン屋に、よく買い物に来てくれていてそこで知り合った。
マユミに告白されたのは、夏の暑い日だった。
顔を真っ赤にし、俯いて…精一杯俺への気持ちを告げてくれたマユミの姿をはっきり覚えている。
俺にとっても、彼女にとっても初めての相手で…お互い手探り状態で始めた付き合いも今年で7年。

俺は気づいていたんだ。マユミと付き合う前からずっと…。なまえの気持ちに。
なまえは俺にとって家族のような存在だった。家族のようであり、一番の友人でもあり、そして…恋人のような存在であり。

いつも隣で笑う彼女は、特別だった。
だから、その特別を壊したくなかった。

俺となまえの曖昧で、確かに確立した関係を壊したくなかった。

最低な言い訳だと思う。狡い言い訳だと思う。
なまえの気持ちを知りながら、そんなわけない。と…そう自分に思い込ませて、知らんぷりした。
怖かった。それに気づいた自分をなまえに拒絶されるのが…怖かった。

明るいなまえの交友関係は広く、時に他校の男子生徒から、告白されちゃった!等と報告を受けた時もあった。
その度に一瞬ヒヤリとする自分がいたのすら、気付かないふりをした。
その後決まって彼女は『ま、断ったけど』と笑うのだ。
その時のなまえの視線の先に居たのは俺だった。だけど俺はそれから目を背け、やはり”そんなわけない”と暗示をかけるように心で呟いていた。


マユミと付き合い始めた事をなまえに告げた時。彼女は笑顔で『良かったじゃん』とそう言った。その笑顔は普段通りの明るい笑顔で、馬鹿な俺は安心してしまったんだ。

ああ。やっぱりそんなわけなかった。自分の思い込みだったんだ。と…。
自分で自分を肯定した。

チリン…。となった夏の風物詩。
その音がやけに耳についたあの夏を、俺は一生忘れないだろう。

なまえはあれからずっと苦しんでいた。
彼女は、どんな気持ちで俺の話を聞いていたのだろうか。
考えるだけで、昔を含めた全ての自分を殴りたい。
知らんぷりした自分も、勝手に安堵した自分も、なまえの事を何も理解していなかった自分も、そうやって縛り付けていた自分も、手紙に綴られた彼女の気持ちに応えることが出来ない自分も。
そして、今現在…目の前の婚約者との温度差を感じている自分も…。

俺は、最低だ。最低最悪の男だ。


「ねぇ」

マユミの声で、弾かれたように我に返る。
視線を向けた先のマユミは少しだけ怒った顔をしていた。

「これってさ、私だけの式じゃないよね?…二人の式だよね?」

「…あ、ああ。」

「じゃあ二人で決めなきゃ意味ないよね?…マユミが決めていいよ。って…。それってひどくない?」

「…ごめん。…そう、だよな」

「分かれば宜しい!…じゃ、二人で見よ?ほら、こっちも素敵だよね?迷うなぁー!」

マユミはそう言って俺の隣に身を寄せると、ぱっとパンフレットを開いて笑う。
目の前に映る、幸せへの案内。パンフレットに印刷された新郎新婦のモデルは、どちらとも穏やかな笑みを浮かべ幸せそうに寄り添っていた。

その姿に共感ができない。
自分がこんな風に笑える自信がない。

無意識にそれから視線を逸らす俺がいた。

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