「ハンバーガーが、食べたいんです」
初めて会ったその日。君が言ったその言葉を…僕は、生涯忘れることはないだろう。

明日。神になる、君へ。

とある山奥、とある村。その村での、とある任務の話。
五条先生に呼ばれた僕が告げられた任務は『三ヶ月間、人の世話をする』と言う何とも奇妙なモノだった。
呪霊を祓うわけでもなく、ただその人物の世話をするだけの任務…。

その村は、地図にも載っていない小さな村だった。独特の信仰が根付いているというその村には、村全体に不思議な装飾が施され、見たこともない御札が各家々の戸口に貼られていた。
ニコニコと笑う村人達のはりついた様な笑顔が、やけに薄気味悪く…僕はこの任務を請けた事を、少しだけ後悔する。
鬱蒼とした山々に囲まれた小さな世界。まるで、あの世とこの世の狭間のようなそこ。村人達に案内され、辿り着いたのは、村の雰囲気に似つかわしくない豪華な装飾のお社だった。
相変わらずな笑みを浮かべる村人に、どうぞと促され足を踏み入れる。厳重な二枚扉を開いたその先。窓も何もないそこに彼女はいた。

「はじめまして」
そう言ってニコリと笑ったその子は、陽の光を知らないような白い肌、その肌に同化するように透き通った銀色の髪をさらりと揺らす。色素の薄い瞳がふいに綻んで、僕にその眼差しを送った。
整った顔立ちはそのどれもが均等で、まるで人形のよう。正直言って、生きている人間には見えない。…なんて。僕は失礼な事を思ってしまった。

そんな彼女と二人、部屋に残される。
『はじめまして』に何も返せないまま人工物のような顔を凝視していれば、彼女の唇が再び『はじめまして』を象った。瞬間、我に返った僕はその言葉をオウム返ししたのだ。
そして訪れるのは、またしても沈黙。耐えきれなくなった僕が口を開こうとすれば、それに重なる彼女の嬉々とした声音。
「ハンバーガーが、食べたいんです」
「………へ?」
唐突な話だった。彼女はニコニコと無垢な笑顔を浮かべて、ハンバーガーが食べたい。と言い出したのだ。困惑した僕がもう一度聞き返せば、彼女は再びハンバーガーを所望する。
「…貴方は、俗世からいらっしゃったのにハンバーガーを知らないのですか?」
「え?い、いや。知って、ますけど…。ええと」
「なら良かったです!」
なんの戸惑いもない、笑顔。それが戸惑う僕の瞳に揺れる。僕が戸惑ったのは、ハンバーガーだけじゃなかった。彼女の口から吐き出された『俗世』という宗教じみた言葉。だが、彼女にとっては至って普通のことなのだろう。トントンとリズム良く紡がれる言葉に躊躇なんてものは無い。
「買ってきて下さい」
「…え?」
「ハンバーガーを。今すぐに」
「……え?」
「だって貴方は、私の新しい世話役なんでしょう?」
「……。」
この任務の内容を、真に理解した瞬間だった。要は、これから三ヶ月間…僕はこの子の『パシリ』になれ。そういうことだろう。
結局、村に来て早々に僕は再びその村を出て…山を降りる羽目になる。
村人が二人。まるで僕を監視するように街までついてきて、僕は再びこの任務を請けた事を…後悔するのだ。
頼まれたハンバーガーを有名チェーン店で買い、彼女の元へと戻る。紙袋を手渡せば、輝いた顔でそれを受け取る彼女…。
「ありがとうございます!…これが、ハンバーガーですか…」
そう言って包み紙を開いては、あらゆる角度から観察する彼女の視線が僕へと向けられる。
「…これは、どうやって食べれば良いですか?」
小首を傾げた彼女に、目を丸くする。どうやら、ハンバーガーの食べ方すら知らないようだ。そんな彼女に、僕は眉を下げて食べ方指南をするのだった。

「美味しかったです」
「はは…それは良かったです」
食事を終えて彼女は満足そうにそう言った。その後で、そう言えば…と言葉を続ける。
「…すみません。貴方の名前をお聞きするのを、すっかり失念しておりました」
彼女は申し訳なさそうに笑って、僕の名前を聞いてくる。そう言えば、ハンバーガーの衝撃が強すぎて、自己紹介すらしていなかった。
「あ、えと。…僕は、乙骨憂太です」
「…乙骨、憂太さん。…分かりました。乙骨さん。とお呼びしても?」
「え?あ、はい」
「では、乙骨さん。改めて…『降臨期間中』よろしくお願いします」
降臨期間。彼女は確かにそう言った。再びの宗教じみた言い回しに、独特の信仰が根付いたこの村の内情を垣間見た気がした。けど…それは僕が深く聞けることじゃないし、深入りするつもりもない。だから、無難に『よろしくお願いします』をそっくりそのまま返すのだ。
「…あ、貴女の名前も教えてくれませんか?」
その後で聞いた彼女の名前。彼女はそれに対して、口を開きかけ噤む。どうしたんだろう?と様子をうかがっていれば、暫くして噤んだそれが開かれた。
「…私の、…私の名前はありません。」
「…へ?」
「私は、神様になるので。名前はありません」
「…」
彼女は、そう言いきった。自分に名前は無い。…そして、神になるのだ。…と。
躊躇無く。やはり、戸惑いなんて微塵も感じさせない笑顔で。そう言いきったんだ。
「なので、お好きなように呼んで下さい。『お前』でも『貴女』でも…。乙骨さんが、呼びやすいように」
けど、何故だろう。綻んだその瞳の奥に、僅かな『悲哀』を…僕は見た気がしたんだ。


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