「…私はね、強さが欲しい」
なまえはそう言って、儚げに笑った。
細い指が、善逸の頬をするりと撫でる。
「…あなたを想う強さ、あなたの帰りを待つ強さ。何があっても、動じない強さ」
そこまで言ったなまえの瞳から、ポロポロと溢れ出したのは涙。それはぽたぽたと、温い雨のように降ってきて善逸の頬に落ちては伝う。
「…でも、一番欲しい強さは…。善逸を守ってあげられる強さが欲しい」
「…」
「私はあなたのために何も出来ない。ただ無事を祈る事しか出来ない。それが悔しくてたまらない時があるの…。嫌よ。すごく嫌なの。あなたが傷つくのが嫌なの。…本当は、”行かないで、傍に居て”って叫びたい。…でも、そんな事言ったら善逸を困らせてしまう。分かってるの、そんな事は」
そこで善逸はがばりと上体を起こすと、その言葉を飲み込むようになまえに口付けた。
深く、深く、深く。洩れ出す吐息さえも喰らう深さで口付ける。
息苦しさにくらくらと、互いに脳が酸欠状態になった。だから何も考えられないし、その瞬間に集中するしかない。
やっと離れた唇に、なまえは小さく呼吸を繰り返す。
目の前の善逸は、酷く悲しげに笑っていた。
「ごめんねなまえちゃん」
「…どうして謝るの?」
「君に、そんな顔をさせるつもりも、そんな事を言わせるつもりもなかった」
「…」
「俺は臆病者だ。好きな子の前で弱音吐いて、不安にさせて…凄く嫌いなんだ、こんな醜い自分が。ごめん、ごめんね。」
善逸の揺らいだ瞳から溢れ出した涙は、一筋の流れになって頬を伝った。
なまえは、目を細めて笑ったあとでその涙を拭うように頬を撫でる。
「…善逸は醜くなんてないよ。だって、こんなに優しくて、強くて、綺麗なんだもの」
「…」
「だから、泣かないで。自分を嫌いになんて、ならないで。お願い。…私はそんな善逸が大好きなんだから。」
善逸は目を見開いた。そして瞳を伏せて、自分の頬を撫でるなまえの手に、そっと自分の手を添え握った。
その温度を確かめるかのように、強く握った後で伏せていた瞳をあげたのだ。
「…さっきの質問」
善逸がゆっくりと口を開いた。
なまえは、願い事?とそれに応える。善逸はうん。と短く返した。
その後で再び口を開くのだった。
「願い事が、ひとつだけ叶うなら…。君の傍で眠らせて欲しい。なまえちゃんの優しい音の中で、俺は……幸せな夢を見たいんだ」
眉を下げ、儚げに笑った善逸は今にも消えてしまいそうだった。
彼の後方に広がる青々とした空の中に
溶けてしまいそうだった。
なまえはそんな善逸に唇噛み締めた。
嗚呼、何故。自分達はこんな残酷な世界の中で生を受け、そして出会ってしまったのだろう。
血の海の中で、愛を囁き抱き合うような、そんな世界で…。
でも、互いの目に映る”愛しい人”はこんなにも美しいのだ。
目を見開いたままのなまえの瞳から、再び大粒の涙が溢れ出し頬を濡らす。
彼女は泣き、そして笑った。
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