小説 | ナノ


名前がないのは不便でしょう。
これから貴方を、こうお呼びしてもよろしいですか?





『桜色の恋人』






鴉嵐はテーブルに皿を並べながら、テレビの電源を入れた。

『…明日は一気に気温が上昇し、本格的な春の陽気に…』

流れてくる天気予報にふと目を止め、アナウンサーの言葉に耳を傾けた。

「…もう…この季節ですか…」

鴉嵐は一人呟くと、キッチンへ戻った。

「ねぇ炸羅、いつ出掛けます?」
「は?」

フライパンを手際よく振りながら、炸羅は後ろを振り向く。
ふんわり卵に包まれていくチキンライスに見とれながら、鴉嵐はにっこり微笑む。

「出掛けるって、どこへ」
「開花宣言が出たんですよ」

鴉嵐の言葉に炸羅はあぁ、とフライパンに目を戻す。

「明日から、暖かいんですって」
「ふうん?」
「早めに行かないと、すぐ終わっちゃいますからね」

鴉嵐は冷蔵庫からケチャップを取り出し、炸羅に手渡す。

「今年も二人で見に行きましょうね。…桜」





開花宣言が出された途端、世間はすっかりお花見ムードだ。
どこの公園も花見客で溢れかえる。
そんな街の雑踏から離れた一角に、人知れずひっそりと立ち並んでいる桜並木があることを二人は知っている。


数年前、二人が初めて出会った場所である。