炸羅は一番大きな桜の木に飛び上がると、太い枝から鴉嵐を見下ろした。 「そうそう、ちょうどこのアングルでしたね」 「昼寝してて、飛び降りようとした時にアンタと目が合ったんだ」 炸羅は軽やかに枝から枝へ飛び移ると、花びらの舞う空を見上げる。 「…一人になってから、ずっとここにいた。この木の名前も、ずっと知らなかった」 薄紅色に染まる空に目を細め、炸羅は呟いた。 「…アンタと出会って、この世に炎より温かいものがあることを知った。世界に色があることを知った。アンタと出会わなかったら、オレの世界は白黒のままだったと思う」 炸羅はそう言うと、真下の鴉嵐を見下ろし、ぎこちなく笑って見せた。 「…アンタに貰ったこの名前、嫌いじゃねぇよ」 鴉嵐が言葉を発するより先に、炸羅は鴉嵐目掛けて飛び降りた。 下にいた鴉嵐はそれを反射的に抱き止めると、勢いに任せてそのまま地面に倒れ込む。 「…まったく、相変わらず無茶して…僕が受け止めなかったらどうするつもりだったんですか」 呆れ声をあげつつも、その腕はしっかり炸羅を包み込む。 「…アンタがオレを受け止めないわけないじゃん」 炸羅は鴉嵐にしがみつく腕の力をいっそう強める。 「…僕にとって、貴方は桜そのものでした。貴方をこの桜色の中で初めて見た瞬間、僕の世界は色を変えたんです」 鴉嵐は柔らかく笑うと、炸羅の頬を優しく撫でた。 「だから貴方を…"さくら"と名付けた」 頭を引き寄せ口付けると、炸羅は赤面して俯く。 「…桜はすぐに散るけど、"炸羅"はずっと、傍にいるから…」 泣きそうになるのを必死に堪えながら、炸羅はか細い声で呟いた。 「…ずっと…傍に……いさせて」 暖かな春の風が吹き、無数の花びらが一斉に舞い上がる。 桜色の春は、二人だけの特別な季節。 二人の物語が始まった桜の並木道で、二人のまた新たな1ページが始まる。 来年も、その先もずっと、きっとこの桜の木の下で。 終 ← |