小説 | ナノ

「いっただっきまーす!」

夕飯の準備をまだしていないと言ったら、めずらしくじーさんがごちそうしてくれた。
俺とレムはまだ普通の飯を食べる。だけど次第に霊力をつけていくと、魂からも栄養を摂取するようになる。それが俺達ゴーストタイプの習性だ。

「…ところでの、憑壱」

魂を口に運ぶ手を止め、じーさんが話しかけてきた。妹の口に箸を運びながら、目線だけを送る。

「…悪い噂を耳にした。麓の村で、『冥戯』が現れた、と」

止めずに運んでいた箸が突然動かなくなる。背筋を、嫌な悪寒が走った。妹に急かされて我に返り、ようやく神経が言うことを聞く。

「めい、ぎ…が…?」

冥戯。
この地の、俗世間から完全に隔離された森の奥深くに、「おくりの泉」と呼ばれる場所がある。その岸にある洞窟は異空間に繋がっており、そのどこかに住んでいると言われる冥界の主・ギラティナの名、それが冥戯だ。
通称「この世の裏側」と呼ばれるそこへは、今まで誰も近付いたことがない。冥戯は、他の生物を食い殺すからだ。
幼い外見とは裏腹に、その心は残虐非道。同族である俺達も、恐れるほどに。
民間伝承されているわらべ唄にも、冥戯のことを唄っているものがある。子供達に警戒心を植え付けるためのものだろう。それだけ、奴は人々に恐れられているんだ。

「『食料』を探しに、とうとう村まで降りて来よったようじゃのう」
「……」

言葉が出ない。妹は笑顔で俺に向けて大きく口を開けてくる。

「奴の霊圧はとんでもないからの。食い殺される以前に、そばへ寄るだけで並みの生物は圧迫死、じゃろうな。なぁに、我々は家に結界を張っておけば心配いらん。もっとも、同族の霊圧に臆するようではゴーストタイプの名に恥じるというもんじゃ。…なんじゃ憑壱、怖いのか?」
「…っ!」

指摘されて、慌てて俺も飯をかっ込む。
 
どこかで妙な確信があった。
まさか、いくら奴でも同族を食い殺すなんてことはないだろうと。

帰り道、眠い、と愚図り出した妹をおぶりながら、先ほどのじーさんの話を思い出していた。
噂話はたくさん聞いてきたが、実際に会ったことはない。自然と足が家へと急ぐ。
おくりの泉は、案外ここから近いところにある。…出くわしでもしたら。
考えたところでとてつもない恐怖心に駆られ、思考を飛ばすように頭を振り、家までの道を無心に走った。