小説 | ナノ


2月14日、午前11時。

「…鴉嵐、…ん」

ソファーに座り新聞を広げる鴉嵐の背後から、炸羅はそっと呼び掛けた。
そして、一袋の包みを差し出す。

「か、勘違いすんなよ?風渦がバレンタインバレンタイン騒いでたから何となく作ろうかなーって思っただけで、こっ、これも風渦にあげる分が余ったからアンタにやるだけだかんな!」

その辺の紙袋に入れただけの簡素な包みが、炸羅の右手とともに震える。

「わぁ、ありがとうございます、…開けてもいいですか?」

炸羅は無言で小さくうなづく。
鴉嵐は紙袋を受け取り、そっと包みを開いた。

「…!」

入っていたのは、シンプルなチョコレートとガトーショコラ。
チョコレートはしっかり型抜きがされていて、ナッツやホワイトチョコレートのトッピングまでされている。
料理には一切手を抜かない、炸羅らしい一品だった。

「こんなにたくさん…チョコレートのケーキ、すごく食べたかったんですよ。嬉しいです。どうしてわかったんですか?」
「…な、んとなく…」
「早速ですが、頂きますね」

チョコレートを一口頬張り、鴉嵐は炸羅を見やる。

「…確か、風渦に作った余り物…でしたよね?」
「…うん」
「あの子は確か苦いのダメでしたね。これ、かなりビターじゃないですか?」

僕は断然、こっちの方が好みですけれど。

鴉嵐が口の端をつり上げると同時に、炸羅の顔はみるみる赤く染まっていった。

「風渦のために作ったなら…苦いはずないですよね?」
「じゅ、十分甘いって!!」
「ちゃんと味見しました?超がつくほど苦いですよ、これ」
「ンなはずないっ!!」
「まったくもう…」

ふう、と一つ溜息をつくと、鴉嵐は炸羅の腕をすばやく掴み、引き寄せた。
恥ずかしさと驚きで暴れる炸羅を背後から抱きしめ、そっとつぶやく。

「…僕のために、ちゃんと用意してくれたんでしょう?」

だんまりを決め込む炸羅に苦笑しつつ、袋からもう一粒チョコレートを取り出すとそのまま自分の口に入れ、炸羅に正面を向かせた。

「ちゃんと、味見して下さい」

意表を突かれた炸羅の唇を、とっさに鴉嵐の唇が塞ぐ。

「……ッ…ん、」

侵入してきた舌に一瞬身じろぎ、数秒の無抵抗の後、突如口内に広がった苦みに驚いて、炸羅は鴉嵐の脚を思いっきり蹴飛ばした。

「…ッ!!ゴホッゴホッ…っもー相変わらず容赦ないんですから…いったぁ…キスくらいおとなしくさせて下さいよ」
「アンタいっぺん死んでこいよ!!!!」

荒々しく肩で息をする炸羅に、まったく悪びれる様子もなく鴉嵐は笑った。

「ね、苦かったでしょう?」
「……うるせぇ」
「ガトーショコラの方は、終わってから頂きますね」
「終わってから、って何…ちょ!!!!」
「一ヶ月早いですけど、お礼です」

炸羅は後悔した。
やはり、一度学んだ教訓は守るべきだった。
手を抜けない自分の性格が仇となり、結局去年の二の舞となってしまったのは、言うまでもない。
暗転。