ペットの放し飼いはやめましょう


「午前中は時間があるし、一緒に行くよ。」

そう笑顔で了承してくれた山崎さんは、本当に天使だと思いました


「此処が恒道館道場だよ。」
「凄く大きい道場ですね。」

所変わって山崎さんの運転するパトカーで恒道館道場までやって来たわけですけど、ダメだ。どうやっても新選組から恒道館道場への道を覚えることは出来ませんでした。そのまま山崎さんに伝えれば「大丈夫だよ。来る時はまた一緒に行くからさ、声かけてよ。」と笑ってくれた。本当に山崎さん良い人すぎます天使すぎます。だけど彼曰く、そんな善良な部分で色々と損をしてしまうこともあるらしい…土方さん叱り、沖田さん叱り、土方さん叱り、沖田さん叱り、土方さん叱り、土方さん叱り…。何て不憫なんだ…

「しかし近藤さんを回収ってどういう意味なんですかね?」

そうして今までずっと疑問に思っていたことを、隣の山崎さんに尋ねてみれば「今に分かるよ。」そう言って、彼はずーんと効果音が付きそうな程、肩を落としてしまった。そんな、ゲンナリとした表情の山崎さんに、どうしたんですか?と尋ねようとした私の言葉は「お妙さァァァん!」という野太い声によって遮られてしまった

「お妙さァァァん!おはようございまァァす!今日もいいデート日和ですね!こんな日はお妙さん!俺と一緒にデートにでも出かけませんかァァァ!?俺、1週間前からずっと徹夜でデートコース考えてきたんでェェェ!」

ゴリラが、電柱の天辺でナンパ文句を叫んでいる。どうしたのかな幻覚かな。そんなことを思ってぼけーっと傍観していると、ガラっと道場の引き戸を引いて、中から綺麗な女性が出てきた。彼女を見てゴリラが「あ!お妙さん!」と声を弾ませたということは、彼女がゴリラの愛するお妙さんなのだろう

「あァァ!何て今日も美しいんだお妙さん!L!O!V!E!お妙さん!さァ、今すぐ2人で出かけましょう!まずは公園でクレープの食べ合いっこですよォォォ!」

きゃーっと何処ぞの女子高生の様に黄色い声をあげるゴリラ。しかし、そんなゴリラにお妙さんはにっこりと、それはそれは綺麗な笑顔を向けていた。何て彼女は心が広いんだろう。私だったらすぐに動物愛護団体に通報するというのに…と思っていたら、何処から取り出したのか。彼女は背中から身の丈程もある薙刀を取り出し、躊躇うことなくゴリラへ向かって一直線にそれを放り投げた

「朝から近所迷惑なんだよォォ!消え去れやゴリラァァァ!」
「ぎゃあァァァ!」

これが噂に聞く狩猟という奴だろうか…。お妙さんの投げた薙刀を何故かお尻で受け止めたゴリラは、そのまま電柱から落ちて地面とごっつんこしていた。何というか、朝から濃すぎる。というかお妙さん怖すぎる…

「…山崎さん、あそこにゴリラが倒れてますよ。動物園から脱走したんでしょうか。」
「違うよ春歌ちゃん、よく見てね。あれ局長だからね。ゴリラみたいだけどゴリラじゃないからね。」
「冗談やめてくださいよ山崎さん。新選組の局長がストーカー行為なんてする訳ないじゃないですか。よってあれはゴリラですよ。」
「春歌ちゃん現実だよ。あそこに倒れてるのは、まごうことなき俺らの大将だからね。」
「マジでか。」

どうやらあのストーカーゴリラは近藤さんだったようだ。そしてようやく沖田さんが言っていた回収の意味が分かった。要するにフルぼっこにされた近藤さんを屯所まで連れ帰って来いってことだよね。何だこれ面倒くさい

「あら、新選組のジミ崎ジミるさんじゃないですか。朝からゴリラのお散歩ですか?ゴリラはちゃんと鎖で繋いでおかないと、人様に迷惑をかけますよってあれだけ言ったじゃないですか。」

またしても何処から取り出したのか新しい薙刀を右手に、門前にいる私たちの元へとお妙さんがほほ笑みながらやって来た。あれ、気のせいかな彼女の後ろに般若のオーラが見える気がするんだけど…

「姐さん違うよ山崎退だよォ!?そしてあれゴリラみたいだけどやっぱりゴリラじゃないからァァァ!」
「誰か姐さんじゃボケェェェ!」
「ぎゃァァァ!」

そうして山崎さんもゴリ…近藤さんと同じ結末を歩んでしまいました…。助けられなくてゴメンなさい山崎さん。だけど私には無理ですまだ死にたくはないんです

「あら、初めましてよね。私、志村妙っていうの。貴女もあのゴリラの飼い主かしら?」

そんな山崎さんに手を合わせて合唱をしていると、今度はにっこりとした笑みが私に向けられた。相も変わらず般若様が背後で凄みを利かしている。今、この場で発する言葉を間違ってしまったら、きっと私まで血だるまにされてしまうだろう。今の私の状態、正にMK5。マジで殺される5秒前だ

「ち、違います!私は飼ってるというより、飼われてるっていうか雇われてるっていうか…あ!これからはお妙さんに危害の無い様、しっかりと鎖に繋いで檻に閉じ込めておきますので!えっと遅くなりましたが私、音宮 春歌っていいます。」
「あら、もしかして貴方が万事屋に居候してるっていう春歌ちゃん?」
「え?」


ペットの放し飼いはやめましょう
(そう言ってあらーなんて笑顔を向けてくれるお妙さんの背後に、もう般若様はいませんでした)

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