だって逆らえる訳がないじゃない


「お登勢さんおはようございます。」
「あぁ、おはよう春歌。今日も仕事かい?」

「そうなんです。」そうやって笑顔で返せばお登勢さんは「アンタもあの、ちゃらんぽらん達の為に大変だねェ…。」とふっと笑った。まだ銀さんや神楽ちゃんは寝ている早朝の7時、出勤前にスナックお登勢の店先でお登勢さんと会話をするのが最早、私の日課になりつつあった

「お登勢さんは今からお休みですか?」
「こちとら夜の蝶だからね。朝は活動休止だよ。」
「お疲れ様です。ゆっくり休んでくださいね。」
「そうするよ。春歌も仕事、頑張るんだよ。」
「ありがとうございます。では、お登勢さん、行ってきます!」

さぁ、今日も1日頑張って稼ぐぞ!こうやって毎朝、お登勢さんに元気を貰ってから職場へと向かう。きっと銀さん達は知らないだろうな。怒ると案外、怖いお登勢さんだけど、私が此処に来て何だかんだで世話を焼いてくれているのもお登勢さん。本当は凄く懐が深くて情に厚い人なんだ。そんな彼女に見送られ、私は今日も元気に新選組へと出発するのです


「今日もずいぶんとしみったれた面してますねィ。」

屯所に足を踏み入れた途端にこの暴言。今日もサディスティック星の王子様は、絶好調にサディスティックらしい。そして私のやる気とテンションは下降気味。そんな王子様は白い胴着に身を包み、竹刀片手に大きな欠伸を連発していた

「生憎ですが、元からこんな顔ですので。沖田さんの心配はご無用です。」
「言うようになったじゃねェか。」
「私、打たれ強いんです。負けっぱなしは性に合いませんので。」

口ではそう言いながらも、無意識にじりじりと後退していく私の足。頑張れ!お前の根性はそんなもんじゃないだろ!?

「というか今日は沖田さんずいぶん早いですね。朝食の時間にはまだまだですよ?」
「何、言ってんでさァ。こちとら、早朝稽古なんでねィ。この時間にはとっくに起きてんでィ。」
「マジでか。」

沖田さんが朝稽古だと!?年中ぐーたら隊長をしているとばかり思っていたのに…。正直、沖田さんが真剣に稽古に取り組んでる姿が想像できない。というかしたくない。…まぁ、でもそんなぐーたらな彼でも、新選組全員が認めている1番隊の切り込み隊長だ…。きっと並み大抵の努力で得た場所じゃないんだろう。只管、強くなるために大切なものを守るために、彼は努力してきたんだろう。だけどゴメンやっぱり想像できない

「1番隊隊長ですもんね。稽古には人一倍、力を入れてるんだろうなと思ってました。」
「全部、声に出てましたぜィ。」

スパーン!何処から取り出したのか沖田さんの右手に握られていたスリッパで、思いっきり頭を叩かれた。憎い…正直な自分が憎らしい…っ!

「警察が一般市民に手を上げるなんて、士道不覚悟で切腹です。」
「残念だがそんな士道はありやせんぜ。」

にやりと意地悪な笑みを浮かべる沖田さんは「んじゃな。」と言って道場の方へと行ってしまう。早く行ってしまえ!無言の念を後ろから送り続けていると「あ、そうだ。」と言って、沖田さんはパッと振り返った

「今日は春歌に仕事の追加でさァ。」
「何のお仕事ですか?」
「朝食の支度が終わったら、近藤さんの回収に行ってくだせェ。」
「それ、絶対に沖田さんが土方さんに言われた仕事ですよね。」

絶対に沖田さんの仕事だ。それが面倒くさいから、私に押し付けてる確率100%だ。何で分かるかって?沖田さんの表情がそう言っているもの

「隊長からの直々の命令が聞けないってんですかィ?」

意味あり気に肩に担いだ竹刀をポンポンと上下に上げ下げする沖田さん。「断ったらお前分かってんだろうなァ…。」何て副音声が聞こえてきそうなオーラ。朝から死亡フラグを立てられたんじゃこっちも堪ったもんじゃない。私は渋々「分かりました。」と応えた

「…というか回収って何ですか…。」
「行けば分かりまさァ。恒道館道場ってとこにいると思うんで、道が分かんなかったら山崎でも連れて行きなせェ。」

そう投槍に言えば、沖田さんはもう用は無いとばかりにさっさと道場へと行ってしまった。何て無責任な…そもそもこっちに来てまだ日が浅いのに恒道館道場が何処にあるか分かる筈がないのに

「…でも恒道館道場って何処かで聞いたことある様な無い様な…。」

考えても分からないものは分からない!よし、朝食の準備が終わったら山崎さんには申し訳ないけど、連れて行ってくれるかどうか聞いてみよう


だって逆らえる訳がないじゃない
(しかし回収ってどういう意味なんだろう…)

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