山崎退の密偵レポート


春歌ちゃんがこの新選組屯所で働き始めて、2日が経った。女中の先輩がいない中、彼女は1人で本当によく働いてくれていた。その一生懸命に頑張る姿に心動かされてか、彼女の持前の明るさと社交性のお蔭か、今ではすっかり新選組隊士たちとも打ち解けていた。もちろん俺、山崎退もそんな隊士の1人な訳で。しかしそんな彼女の身元調査をしてこいと土方さんに支持を受けたのもこの頃だったりする

「身元調査ですか?」
「そうだ。いくら総悟が連れてきたと言っても、身元が確かではない人間をこの新選組に置いておく訳にはいかないからな。」

確か春歌ちゃんから聞いた話では、彼女は名前も無い程の小さな田舎町の出身らしく、出稼ぎのためにこの江戸の町に越してきたと言っていた。それは彼女の口から聞いた話であり、その話を事実とする確実なる証拠は1つも無かった。そうだ。俺たちは春歌ちゃんについての身の上を書類の上でしか知らないのだ
その日から俺は春歌ちゃんの身辺調査を開始した


密偵生活1日目
春歌ちゃんの1日はまず、隊士達の朝食作りから始まる。ほとんどのメニューは前日の晩に仕込み終わっているようで、支度には左程、時間はかからないようだ。もちろん基本は和食で統一されたもの。だけどこの2日間、朝晩問わずずっと出てくる野菜とソーセージの炒めもの。もしかしてこれは俺の密偵食、新選組ソーセージではないだろうか。後で冷蔵庫の中身を確認しておこうと思う。隊士達の食事が終われば、それに続いて午前中には朝食の片づけと洗濯。午後には屯所の掃除と買い出しと、夕食の準備で彼女の1日の仕事は終わりだ。大まかな流れはこんな感じだけど、たまにイレギュラーな仕事も発生する。それが沖田隊長の相手である。春歌ちゃんはどうやら沖田隊長の新しい玩具らしく、事ある毎に絡まれては、被害を受けている。しかし最近では春歌ちゃんも反抗心という名の訴えを起こしているらしく、沖田隊長の嫌がらせは専ら彼女の仕事を増やすということに生きがいを見出しているようだ。そしてそんな春歌ちゃんは、黙々とその仕事をこなしていくのだ。何て健気なんだろう…。俺だったら絶対にやさぐれている。絶対に発狂してのたうち回るというのに…。だけどその時、春歌ちゃんから「沖田絶対にぶっ殺す…。」なんてぼそりと聞こえた気がしたけど…あはは、俺ちょっと疲れてるのかなァ…。

密偵生活2日目
春歌ちゃんが毎回、食卓に乗せていた野菜とソーセージの炒めもの。やっぱりあれは俺の密偵食、新選組ソーセージだということが判明した。おかしいなァ…。【食べるな山崎】の紙を貼っていたと思っていたんだけど。また夜にでも大江戸スーパーで調達してこようと思う。
どうやら今日は、春歌ちゃんの機嫌が頗る良いらしい。俺は不思議に思って「何かあったの?」て聞いてみたけど、彼女はただ笑顔で「もうすぐで全部、使い切るんです。」と笑った。一体、何を使い切るというのだろう?だけど、聞いても彼女は「気にしないでください。あ、明日からはちゃんとした朝食を作りますので楽しみにしていてくださいね。」と言って、仕事を再開してしまった。気になる…気になると気になって気になって仕方が無くなる…それが密偵という仕事だ。だけど、春歌ちゃんは全然、教えてはくれなかった。しかし一体、何を使い切るというのか…
その日の帰り道、俺は大江戸スーパーで大量に新選組ソーセージを購入した

密偵生活3日目
嫌がらせの様に朝食が新選組ソーセージのオンパレードだった。新選組ソーセージの味噌汁に、野菜と新選組ソーセージの炒めもの。ブリと新撰組ソーセージの煮つけ。何だか今日の朝食は、しょっぱい味がした…。あれ、前が霞んでよく見えないや…
今日は春歌ちゃんの出身地について調べることにした。確か、名前も無い小さな田舎町と彼女は言っていたけど、どの辺りにあるのだろうか。彼女から得た数少ないヒントで、俺はありとあらゆる情報網を駆使して徹底的に調べ上げた。だけど、どれだけ調べても彼女の出身地が見つからない。それ所か、仕送りをしている形跡も見受けられなかった。これはただ一重にまだ、働き始めたばかりで仕送りをするお金が貯まっていないのかもしれない。こればっかりは、もう少し時間を置いて調べる必要があると思う。一体、彼女の住んでいた町は何処にあるのか…。とりあえずこの調査は後日、再調査をしたいと思う
自室に新選組ソーセージ専用の、小さな冷蔵庫を設置した

密偵生活4日目
今日は春歌ちゃんの週に1回の、丸1日オフの日だ。ということで今日は彼女を尾行し、攘夷浪士との繋がりの有無を探ろうと思う。俺は忍び装束を身に纏い、新選組ソーセージ片手に万事屋の天井裏に身を潜めていた。これは密偵初日に、彼女の帰り道を尾行して判明したことなんだけど、何と春歌ちゃんは、あの万事屋の旦那のとこに居候をしているらしい。そう言えば彼女についての書類に金銭的に生活困難との記載もあった。家を借りるお金が無いために旦那の所で生活をしているのだろうか…。新選組でも一生懸命に働いて、万事屋でも一生懸命に働いて、彼女は辛くはないのだろうか…。きっと田舎でお腹を空かせて待っている家族のために、彼女は休むことを許されないのだろう。何て健気なんだ…。この時、俺が極力、彼女の助けになろうと決意をした瞬間である。あ、何だかんだで春歌ちゃんと攘夷浪士の繋がりはありませんでした。

密偵生活5日目
今日も春歌ちゃんは、元気に女中の仕事に励んでいました。

何だかんだで、俺から見た春歌ちゃんは、本当に良い子なんだ。明るく元気で、ポジティブで。だけど意外に毒舌でサラっと可愛らしい悪戯をしてのける、そんな普通の女の子。きっと1人で心細いと思うんだ。住み慣れた町を出て、大好きな家族の傍を離れ、この大都会の江戸の町で暮らしていくのは、彼女にとってそれはそれは、心寂しいものだと思う。そんな彼女に俺は何が出来るのだろうか。彼女にしてあげられることは、本当に少ないかもしれない。だけどそんな健気な彼女の背中を、1人の先輩として支えてあげたいんだ。きっと春歌ちゃんは、攘夷浪士とかそんなのに一切、縁のない一般人だと思うんです。ただ、田舎で暮らしている家族のために一生懸命に働く、そんな1人の優しい女の子なんだと…俺はそう思いました。


「作文んんん!?!?」

バシーンッ!という大きな音を響かせて、副長は俺のこの5日間の報告書を机の上に叩きつけた

「俺、言ったよね!?身元調査だって!何これただの音宮日記じゃん!最後とかもう手抜きじゃん!てか、どんだけ新撰組ソーセージ根に持ってんだよ!」
「や、俺…報告書とかそういうの苦手で…。」
「それに重要な攘夷浪士との繋がりの部分、丸々端折ってんじゃねーか!」
「ぐはっ!」

俺はしっかりと自分の顎で副長の拳を受け止め、勢い良く畳の上に倒れ込んだ。あれ?これ顎、割れてない?え、割れてない?何となく分かっていたけど、あまりの衝撃に目の前を星がチカチカと飛んでいる。起き上がるのも億劫になって、そのまま畳の上に突っ伏していると、気配で副長が煙草を口に加えたのが分かった。それを察して、俺は渋々と起き上がって、また姿勢を正す

「要するに、音宮の出身地だけが謎のままってこったな。」
「…彼女からの情報だけでは、判断材料が少なすぎて…。」
「へーェ。面白ェじゃねーか。」

その時の副長の顔は今、思い出しただけでもゾッとするものがある。きっと、俺が今ここでどれだけ彼女をフォローしても、彼は自分で答えを見つけるまでとことん突き詰めるんだろうって。そんな笑みを浮かべていた


山崎退の密偵レポート
(春歌ちゃん逃げてェェェ!)

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