……た、ただいまっ!


雨の中を走って走って私は何処か分からない空家の軒下に潜り込んだ。折角、乾いていたのに、服はまた水分でずっしりと重くなってしまって、私は服の裾を固く絞って出来る限りの水分を絞り出した。こんな時に魔法が使えたらあっという間に乾かせるのになぁ…なんて思いながら

「雨止まないかなぁ。」

一向に降り止むことの無い雨。もうこの屋根の下に入ってから30分くらいは経ったかな。私は胸元で揺れる小さな箒を指で弄んでみた。魔法は使えないはずなのに、目が覚めたら箒が5cmくらいの大きさに戻っていた。大きくて持ち運びに不便な箒、普段は魔法で小さくして、こうやって首にぶら下げているのだ

「つくづく意味が分からないや…。」

私はしゃがみ込んだまま腕の中に顔を埋めた。これからどうしよう…このまま此処で野垂れ死には嫌だし、とりあえずは住み込みで働かせてくれるお店を探さないと…

「…帰りたい、なぁ…。」

一定にリズムを刻む雨の音が耳に届く。次第にその音が心地よくも感じてきて、私はつられる様に瞼が重たくなっていって、眠っちゃダメだって分かってるんだけど瞼が重たくて重たくて……気付けば私は、その眠たさに抗うことも出来ずに眠ってしまった


そこは真っ暗な闇だった。暗く暗い光が無い闇の世界。その世界には何も無くて何も見えなくて、自分の姿さえも認識できない、自分が本当に此処にいるのかも分からない

「……っ」

声だって使い方を忘れてしまったかの様に出てこなくて、怖くて不安で、寂しくなった。だけどこの虚無の世界

「みゃーぉ。」

この世界の中で不釣り合いな程に際立つ存在がいた。真っ白な猫が此方を見て鳴いていた

「みゃーぉ。」

そんな猫は此方を見ては何度も声を上げては鳴いている。私に何かを伝えたいと必至に鳴いてる様に見えた

「みゃーぉ。」

猫の言葉なんて分からないけど、何だかその声が「大丈夫」だって言ってくれてる様な気がして、何の確証もなく私は「あぁ、大丈夫なんだ。」って単純に思わされて、今までの感情が嘘の様に、私はただ安心してしまった

「ありがとう。」

するとさっきまで出てこなかった声。するりと喉を上ってはごく自然に零れ落ちた。やっと思い出せた声の出し方

「みゃー。」

猫はその言葉を待ってましたとばかりに、また一声鳴くと闇に溶けて消えてしまった。すると私は身体が、暖かい何かに包まれているのを感じて、ゆっくりと瞼を開けた。そこには闇なんかじゃない、光よりも綺麗な銀の色

「…銀さん?」
「…おう、目ぇ覚めたか?」

銀さんは私を背中に背負い、雨で濡れない様にと私の方に傘をいっぱい傾けて差していて、どうして銀さんが此処にいるの?まだ夢の延長線上だったりする?ぐるぐると重たい頭を抱えながら考えていると、銀さんは歩きながら

「新八や神楽が、お前を連れ戻して来いって煩せぇんだよ。」

なんて言うもんだから

「それで探しに来てくれたんですか?」

なんて聞かなくても分かることを、つい聞いてしまった。ちょっと意地悪だったかなとも思ったけど、銀さんは小さく「おう」と応えて「そう言えば」とまた言葉を繋いだ

「お前、少し熱があるみてぇだから万事屋に着くまで寝てろ。」
「…熱?」
「自分で気付いてねぇの?まぁ微熱程度だから、ぐっすり眠りゃぁ明日には回復すっだろ。」

あんなに雨の中にいたのに、濡れたままにしてたからかな。風邪なんてひいたの何年ぶりだろ。私は自分が風邪をひいたのだと認識すると、急に身体が重たくなって、また眠りに落ちそうになるのを感じた。遂にうとうとし始めた時に、銀さんが私に向けてポツリと言葉を零した

「……さっきは頭ごなしに疑ったりして悪かったな。」
「…いえ。信じられない話だってのは自分でも分かってますから。」
「まぁな。でも今はもう疑っちゃいねぇよ。」

その優しい声色に私は妙に気恥しくなって、何て言って良いのか分からなくて、迷った挙句に「ありがとうございます。」と伝えた。声は小さかったけど、銀さんの耳元で出した言葉だったから、銀さんはしっかりとそれを聞き取ってくれたはずだ

「よし!じゃぁさっさと家に帰んぞ。新八と神楽も待ちくたびれてるだろうからな。それと!うちはもう部屋数ないから、春歌は神楽と2人部屋だからなー。」
「……え?…え、銀さんそれって!」
「何ですか?1人部屋が良いってかコノヤロー。」
「そ、そうじゃなくて、あ、いやそれは全然良いんですけど…じゃなくて!」
「もうお前は万事屋メンバーの一員だろ?」
「……銀さん…。」
「おら、分かったらさっさと帰んぞ。」
「……は、…はいっ!」

私は一気に眠気なんて吹っ飛んで、それこそ風邪だって吹き飛ばしたんじゃないかってくらいに身体が軽くなって、私は銀さんの首に腕を回したままもう一度、江戸の町を見渡した。今まで不安要素にしかならなかったこの街並みが空が空気が、全てがキラキラ輝いて見えた

万事屋に帰ったら言ってみようかな


……た、ただいまっ!
(お帰りなさい! お帰りアル!)

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