失くした魔法


自分で言うのも何だけれども、どうやら私は滅法、可愛い物や綺麗な物に目がないらしい。勿論、動物はぎゅーってしたい程に大好き。実際、魔法界じゃオーソドックスな雪猫を飼ってたこともあるし、自身も動物もどき…所謂アニメーガスだったりもする。アニメ−ガスで動物になった時は、自分で自分をぎゅーって出来ないことが1番、複雑な気持ちにさせられるんだけどね。それに夜景だって大好き。私の通っている学校からじゃ、周りは湖と森しかないから夜景は楽しめないんだけど、私の生まれ育った町はそれはそれは綺麗な光で溢れてた。だから夏休みで実家に帰った時には、よくお父さんの箒の後ろに乗せてもらって夜空の散歩へと連れていってもらっていた。それくらい可愛い物や綺麗な物に目がないのです。だから素直に口から零れ出たのだ

「綺麗…。」

そのキラキラ光る銀色を目にして、私の口からは自然とその言葉が出てきていた。そんな私のポツリと零した呟きを聞き取ったのか、彼は後ろへと振り返りその紅い瞳に私を映した

「あれ?お宅どちらさん?」

どことなくヤル気のない声。だけど私に向けられたその声に、何故だかぎゅっと心臓が握りしめられた様な気になった。間違ってもトキメキとかそういう類のものじゃなくて、強いて言うなら物陰に隠れていた犯人が、警察に見つかった時の様なぎゅっだからね

「あー、もしかして僕たち知り合いでしたっけ?」

顎に手をやって首を傾げながら問う銀色の彼。私の追ってきた猫は今やもう、そんな彼の膝の上で背を丸めてお休み中だ。どうなの?なんて目で問いかけてくる彼に、私は少しだけ眉を下げて首を横に振った

「違います。その猫を追いかけてきちゃったら、此処に来てしまって…。」
「あ、そうなの?」
「そうなんです。」

そう返せば、彼は小声で「ハルちゃんかよ。何?猫の事務所でも探してんの?」なんて呟いていた。猫の事務所って何だろう?

「あの…その猫、貴方の猫だったんですか?」

私は数歩だけ歩みを進めて、彼の斜め後ろにしゃがみ込んで猫を除き見る。警戒心が無いなぁ…なんて自分でも思ったけど、夢だからまぁ、良いだろうなんて楽観的な思考が私の中で生まれた結果だ。そんな私をさして気にもしない彼は、猫の背を数回撫でてみせた

「いいや、コイツ多分ノラなんじゃねぇの?」
「でも凄い人懐っこいですね。」

そうやって猫の頭を優しく撫でる彼を見て、何だか猫と彼が何処となく似ているなって思った。彼の綺麗な銀髪も猫の白い毛並みも、ネオンに照らされてキラキラ光ってるから、だから何となく見惚れてしまった。そしてそんな黙ってしまった私を不思議に思ったのか、彼が思いついたように声をかけた

「そう言えばまだ、名乗ってなかったな。俺は万事屋の坂田銀時だ。銀さんでも銀ちゃんでも好きに呼んでくれや。」
「私は音宮 春歌です。万事屋…って?」
「まぁ、平たく言えば何でも屋だな。犬探しから浮気調査まで依頼されれば何でもこなす、それが万事屋だ。」
「…へぇ…。」
「ま、何か依頼があれば、一つ万事屋銀ちゃんをご贔屓にお願いします。」

そうやって営業口調で宣伝をするも如何せん、彼の目が死んだ魚の様だから本当に何でも仕事をこなせるんだろうかと少しだけお母さんの様な心配をしてしまった

「あ、そうだ。えっと…銀、さん。猫を抱っこさせてもらっても良いですか?」
「ん?あぁ良いぜ。」
「やった!ほら、猫さんおいでー。」

実は追いかけてくる前からずっとこの猫を抱っこしたかったんだよね。さっきはただ、撫でてただけだったから、今度はぎゅって…軽くだよ!?ぎゅってしてみたくって…。だってまるまるしてて毛並みの綺麗なこの猫。抱っこしたら絶対にふわふわして、気持良いに決まってるもん!私は猫の両脇に手を差し込んで、持ち上げようと力を入れた。だけど今までぬくぬくと丸まっていた猫は、そんな私の行動に驚いたのか、ビクリと身体を震わせ毛を逆立て、そしてそのまま持ち上げられてた手を振り下した

シャッ

あの大人しかった猫が私の手の甲にその鋭い爪を走らせたのだ。途端、ヒリヒリする痛みと背中からどっと吹き出る嫌な汗

「っちょ、お前何してんの!?おい、大丈夫か!?」

下から私の顔を覗き込む様にして気遣う銀さんに、こんな状況じゃなかったらきっと近いよ!って顔が赤くなってると思う。だけど、そんな状況じゃないのは分かってる。じわりと滲む汗に痛みを告げる私の手

「…………夢、じゃない…の?」

この痛さは夢なんかじゃない。そもそも夢の中じゃ痛みなんて感じないでしょ?……じゃぁ、これは現実…

「お前、マジで大丈夫か?顔、真っ青だぞ?」
「……あ、うん。大丈夫です。猫に引っ掻かれるのなんて初めてで…驚いてしまって…あの…私、そろそろ行きますね…。」
「いや、待てって。その前に手の傷、手当した方がいいだろ?」
「大丈夫ですよ。この程度の怪我だったら魔法で直ぐに治るんで。」
「…は?…お前、魔法って何言って…。」

私は銀さんの声を程々に、とりあえずこの場所から一端離れようと箒に跨った。だって可笑しいじゃないか。私は自分の寮にいたはずだ。それはホグワーツ魔法魔術学校にいたということ。そう簡単にマグルのいる外の世界に出れるはずがないのに…何で私は此処にいるの?何かがおかしい…私は箒に跨ったまま軽く助走を付けてビルから飛び降りた。途端にふわりと舞い上がる風に髪の毛が大きく靡いた

「…あれ?」

だけど箒と私はそのまま下へ下へと落ちていくだけ。何で飛ばないの!?何で落ちてるの!?そんな考えとは裏腹に地面はだんだんと近づいてくる。私は、箒で飛ぶのを諦め、ローブの袖に入れていた杖に手を伸ばして自分へ向け呪文を叫んだ

「ウィンガーディアム・レビオーサ(浮遊せよ)!……何で!?」

しかし魔法はかからず、私の身体は重力に従い下へ下へと落下していく。だんだんと近づく地面に、私の頭は最悪の結末でいっぱいになる

「ウィンガーディアム・レビオーサ!ウィンガーディアム・レビオーサ!何で浮かないのよ!」

今までは失敗するなんてことはなかった呪文。1年生の頃に習った魔法なのに、何度かけても杖はうんともすんとも言うことはなく、本当にただの木の棒になってしまったようだった。私はどうしようもなく、訳が分からないまま、奇跡を信じて固く目を閉じた

「………っ!?」

だけどガクンと腕を引かれる感覚で、私はパッと目を開いた。未だ変わらないのは視界の高さと空へと投げ出されている身体だけ。だけど上には屋上から伸びた紐に掴まりながらも、しっかりと私の右腕を掴んでいる銀さんがいて

「ちょっとお前マジで危ないから!!何してんの魔女っ子気どりですか!?」
「…銀、さん…。」
「……これだから現実と2次元を一緒に考える奴は…て、おい聞いてる!?」

最後に銀さんがそんなことを叫んでいたけど、私の視界はそこでフェードアウト。助けてくれた銀さんには申し訳ないけど、あまりの緊張と恐怖に私は完璧に意識を手放してしまった


失くした魔法
(もう何が何だか分からないことだらけだ)

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