昼下がり君を待つ場所
「マスルールさん、おはようございます。」

嗅ぎなれた優しい香りに、柔らかい声が文字通りふわりと落ちてきた。まだ重たい瞼を薄く開けば、そこには食客である柚子が、楽しそうに俺を見下ろしていた

「今日も此処でお昼寝ですか?シャルルカンさんが探してましたよ。」
「…あぁ。」

そう言えば、今日は仕事が早上がりだからと夕方から無理やり飲みにつれて行かれることになってたんだった。聊か面倒で、身体を起こした俺は立ち上がることなく木の幹を背にして、そのまま座った。そんな俺に何を思ったのか、柚子も隣に腰を下ろして「少しだけですからね。」と笑った

「だけど、此処は暖かくて気持ち良いですね。マスルールさんが動きたくなくなっちゃうの分かりました。」

にこにこと笑う柚子は、陽だまりみたいだと思った。「ね、マスルールさん。」彼女の問いかけに頷いて、俺はじっと彼女を見つめた。それに困惑した柚子は、え?え?なんて小さく声を漏らしながら、ぺたぺたと自分の顔を触りだした

「え、あの、何か顔についてますかね…?」
「ついてない。」
「…そ、そうですか。えっと…どうかしましたか?」

コトリと小さく首を傾げた柚子は、困った様に眉を少しだけ寄せて笑った。確かにこの宮殿の奥にある森は、俺の休憩場所で。此処はシンドリアの中で一番風通しも良く、人気もない。太陽の光も木々に遮られて、木漏れ日の様な暖かさに包まれている。そんな場所で休憩するのが何よりも一番で、休む時はずっとこの場所を利用していた筈だ。だけど、そうじゃない。いや、それもあるけど。もっと別に見たい物があって俺は待ってたんじゃないか

「マスルールさん、どうかしましたか?」

心配そうに瞳を揺らす柚子を見て、ああ。そうかと納得した。いつの間にか此処に来る理由は、変わっていたんだと

「…柚子、笑え。」
「え、笑う?い、いきなりですか?」
「笑ってくれ。」

その唐突な願いに、柚子は狼狽え思案しながらも、遂には観念したように、俺を見上げてへにゃりと笑った。少しだけ頬を赤く染めて、恥ずかしそうに笑みを零した柚子に、自分の胸が暖かくなってトクトクと普段よりも早いリズムでその音を刻み始めたのに気が付いた

「ま、マスルールさん?」

そうして今度は、伺う様に俺の顔を覗きこんでくる柚子の顔を直視できなくなって、その小さな頭を撫でつけて微かに赤くなっているであろう己の耳を彼女から隠す様にして遠ざけた


昼下がり君を待つ場所
「わわっ、ま、マスルールさん何なんですか!?」
「…何でもない。」
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