貴方に落ちる音
今、私の目の前には見た目も可愛らしい和菓子が、ずらりと並べられていた。見ているだけでも楽しく、きっと味も一級品なんだろう。そんな輝かしいばかりの和菓子を、遠慮せずに食べろと笑顔を浮かべる与四郎先輩に、私は戸惑いがちに声をかけた

「…あの、与四郎先輩。このお菓子は一体…。」

お土産にしてはあまりにも数が多く、かと言って今日が私の誕生日な訳でもない。突然、こんなに甘い物をくださるなんて、一体どういう風の吹き回しなんだろう?その問いに大して深い意味はないんだと首を横に振った与四郎先輩に私は、そんな訳ないだろうと困ったように笑みを浮かべた

「ほんっとに深ぇ意味はねぇんだべ。柚子は甘い物が好きなんろ?」
「はい。甘い物は何よりも大好きですが…。」
「でったら、遠慮すんでね。好きなだけ食べーヨ。」

うーん、此処は素直に食べても良いものなのか。尊敬する先輩であっても、この和菓子の裏には何か目的があるのではないかと疑ってしまう自分は、忍としては花丸合格だろう。ちらりと与四郎先輩の顔を覗けば、いつもと変わらない優しい笑みを浮かべている

「どったぁ?食べねぇんか?」
「…あ、いや。…はい。いただきます…。」

ぐるぐる考えるのはもう止めにしよう。他でもない与四郎先輩なのだ。後輩思いな彼に、そんな悪い裏なんてある訳ないはずだ。私は、目の前にあった大福に手を伸ばし、いただきます。と、真っ白なそれに齧り付いた

「おいひい!」

もちもちなお餅に、甘さひかえめに練られた餡子。私の頬っぺたまで蕩けてしまいそうだ。今まで食べた中で1番、美味しいだろうと思われるその大福に、私は美味しい美味しいと言いながら、1つまた2つと口の中へと放り込んだ

「気に入ってもらーたんなら良かったべ。忍術学園の福富しんべヱになぁ、町でいっとー美味ぁ菓子屋を教えてもらったんだぁ。」
「そうだったんですね。こんなに美味しい和菓子屋さんが町にあったなんて、私の調査不足でした。」

この町の美味しい和菓子屋さんは、ほとんど調査済みだと思っていたのに、まだこんなに美味しいお店が残っていたなんて。もぐもぐと咀嚼して最後の大福を飲み込めば、与四郎先輩はタイミング良く緑茶を手渡してくれた。それに慌ててお礼を言えば、やっぱりいつもの優しい与四郎先輩だ。にこりと笑って、柚子は本当に美味そーに食べるんでなぁ。とくしゃりと頭を撫でられてしまった

「他にもまだみたらし団子にわらび餅、おはぎ。てーくさん買ってきとんから、遠慮ねーで食べていいんだからナー。」
「あ、ありがとうございます。」

自然な動作で手渡してくれた餡みつを受け取って、一度蓋をした筈の疑惑心がふつふつと蘇ってきてしまった。普段、優しい与四郎先輩だけど、此処まで甘やかされるのは初めてかもしれない。やっぱりこの貢物の裏には、何か目的があるんではないだろうか…。それでもパクリと美味しい餡みつを口に運びながら、私は「与四郎先輩。」と声をかけた

「やっぱり何かあるんじゃないですか?こんなに沢山の和菓子。何かあるなら聞きますので、はっきり言っていただければ…。」
「本当にねぇんだべ?深ぇ意味なんて。ただ、柚子に美味ぁ菓子を食べてほしかっただけだーヨ。」
「それだけなんですか?」
「そんだけだべ。」

そうして私の頬に大福の粉でも付いていたんだろう。右の親指の腹で、それを拭ってくれた与四郎先輩は、ああ、でも。と思いついた様に声を出した

「だけんど、きっかけがねぇ訳でもねぇんだべ。仁之進がーナ。好いた女を落とすんだら、まーず贈り物からだってーナ。」
「…へぇ、仁之進さんも女心を分か…え?」
「だっど、本当に深ぇ意味なんてねぇんだべ。」

私は、遂にポカンとして、ただ優しい笑みをにこにこと浮かべる与四郎先輩の顔を、これでもかと凝視してしまった。私の聞き間違いでなければ、彼は今とんでもないことを口走らなかっただろうか

「よ、与四郎先輩…あの。その好いた女って…。」

一体、どういう意味なんですか。その言葉は音にならず、口にはむりと差し込まれたみたらし団子ごと、私はごくりと飲み込んでしまった

「だけんど、そろそろこーの和菓子にも、嫉妬してしまいそうだべ。」

そうして本当に幸せそうに笑みを浮かべた与四郎先輩に、和菓子なんてものじゃない。もっともっと甘い何かが胃の奥にコトンと、音をたてて落ちる。そんな音が聞こえた気がしたのだ


貴方に落ちる音
(きっとその笑顔に恋をした)
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