変わらない2人
「ジャーファル、これ新しい予算書ね。それとこっちが、新しい整備案。」

ぽいぽい、と自らの腕にある書類の束の中から必要な物を引き抜いて、私はジャーファルの手にそれを乗せた

「ありがとうございます…。」

その分厚い束をしっかりと受け取ったにも関わらず、ジャーファルのその顔色は酷く、どんよりと重たい空気をその背中に背負っている

「また3徹?」
「いえ、4徹です…。」
「それはまた…。」

…ワーカーホリック。と零しそうになる口にチャックをして、私はごくりとその言葉を飲み込んだ

「あんまり無理しないでね。ジャーファルが倒れちゃったら国の一大事だから。」
「シンでは、ありませんよ?」
「ううん、ジャーファルもそれくらいこの国にとって大事ってこと。」

私は少しだけ背伸びをしてぽんぽん、とクーフィヤーの上からジャーファルの頭を撫ででにこりと笑った。それに微かに頬を赤くしたジャーファルは、不服そうな顔をして私をじとりと睨み付けた

「だから、そうやって子供扱いするのは、もう止めてください。」
「だって私にとっては、ジャーファルはいつまでも可愛いジャーファルだもん。」

そう言ってしまえば、ジャーファルは何が言いたげに眉間に皺を寄せたが、諦めてはあ、と深い息を吐いた。あらあら、そんな溜息吐いちゃうと幸せ逃げちゃうぞー

「柚子お姉さんとジャーファルお兄さんは、とっても仲良しなんだね。」
「うわ!っアラジンくん!?びっくりしたー。」

さて、そろそろ私も執務室に戻ろうかと口を開こうとした時だった。いつの間に背後にいたのかアラジンくんがぴょっこりと私の背後から顔を覗かせた。そんな彼の後ろには、申し訳なさそうに笑うアリババくんと、モルジアナちゃんもいる

「えへへ、驚かしてごめんよ。アリババくんとモルさんと歩いていたら、何だか仲良さ気に話す柚子お姉さんたちを見かけてしまったからね、気になったんだ。」
「柚子さんと、ジャーファルさんは、とても親しい間柄なのですか?」

不思議そうな顔して私たちを交互に見上げるモルジアナちゃん。そんな彼女と同じ様に首を傾げるアラジンくんとアリババくん。何だか彼らがとても可愛らしくて、私は小さく笑ってしまった。きっとジャーファルも同じだったんだろう。小さく肩が震えたのを、私はしっかりと視界の端に捕らえておいた。でも、どうしてだろう。私とジャーファルが仲が良いのがそんなに不思議なのかな

「そうかな?そんなに仲良さ気に見えた?」
「何て言うかルフがね、凄く柔らかく見えたんだ。」

はて、一体ルフが柔らかいとはどういった感じなのか…。ルフが見えない私には全く分からないけど、流石マギ様と言ったところか

「うーん、でも確かに親しくはあるよね。私とジャーファルの付き合いも、シンたちと同じくらい長いし。」
「そうですね。私がシンと出会った時に、柚子はもうシンの傍にいましたからね…。」

指折り数えてみようと思ったけど、両の手じゃ足りなくて。それだけ彼らと出会って長い時間を共有していたのかと思うと、何とも感慨深い気持ちになってくる

「わあ!じゃあジャーファルお兄さんと柚子お姉さんは、お互いの小さな頃を知っているんだね!」
「ジャーファルさんと柚子さんの小さい頃!?すっげー気になる!」

教えて教えて!とはしゃぐアラジンくんとアリババくん。モルジアナちゃんも声には出さないけど、気になるのかモジモジと上目づかいで私を見上げている。そんな彼女たちが可愛くて可愛くて、そう言えばジャーファルも昔は可愛かったんだよな…と思いを馳せた。勿論、今も可愛いんだけど、今ではすっかりからかい甲斐が無くなってしまって、残念だ。そうだなぁ…そんなからかい甲斐が一杯詰まった小さい頃のジャーファルを一言で表すと…

「…中二病だった。」
「ちょ、柚子ッ!何言ってるんですか!」
「中二病?柚子お姉さん、中二病って何だい?」

不思議そうに首を傾げるアラジンくん達に、サっと顔を青くして慌てるジャーファル。後者の彼は置いておいて、何のことか分からないと首を傾げているアラジンくん達に、私は中二病に付いて軽く説明をした。そして意味を理解した彼らは、「…え。」と微妙な視線で青いジャーファルを見上げた

「ジャーファルはね昔、凄く手の付けられない程の中二病だったんだ。もう、それこそ腹筋が捩れるくらい。」
「あ、貴方、本当は笑ってたんですね!?」

勿論、最初はシンへ向けられた暗殺者だと言うから警戒はしていたけど、すっかり害が無いと判断してしまえば、彼が可愛く見えてくるのは案外早かった。元来、自分より年下は可愛がる主義だ。それが少しの差だったとしても、年下には変わりない。甲斐甲斐しくかまえば、ツンとした態度と、痛いたしい言葉で突っぱねられる日々。最初はそれこそ、ジャーファルがいなくなった後で涙が出る程に爆笑した。でも、それでもどうしても、そんなジャーファルが可愛くて仕方が無かったのだ

「でもまあ、あまりに素直じゃなさすぎると腹立たしいんだけどね、基本的には可愛かったよ。特に可愛かったのはね、部屋にご飯を持っていってあげた時に、貴様の施しは受けない。とか言って突っぱねたくせに、私がいなくなった後で黙々とパンに齧りついてるの!リスみたいに頬にパンを詰め込んでね、あの時は本当に可愛かったなあ…。」
「見てたんですか!?貴方、見てたんですか!?」

ふふん。とドヤ顔でジャーファルを見れば、今度は頬を真っ赤にしたジャーファルが狼狽えた表情で私を見ていた

「ふふ。ジャーファルお兄さん、とても可愛かったんだね。」
「柚子さん、他にはどんなことがあったんですか?」
「私も気になります。」

教えて教えてと爛々とした瞳で見つめられれば、そのご要望にお応えするしかないじゃないか。止めて止めてと必死に首を横に振るジャーファルをまたしても無視して、私はそうだなぁ…と記憶を辿った

「私の中でね、ジャーファルの名言集ベスト3ってのがあるんだけど。」
「何ですかそのどうでもいいランキングは!忘れなさい!今すぐ忘れなさい!」
「まず、ベスト3は『俺に関わるな。これは俺の咎だ。』」

ジャーファルに止められない内にと、あの頃のジャーファルの口調を真似て、それでも早口で言葉を紡ぐ。他人の私が言ってるだけでも恥ずかしいのに、言った本人であるジャーファルはもっと恥ずかしいのだろう。顔を赤くしたり青くしたりと忙しく変化させながら、片手に書類の束を抱えたまま、私の口を塞ごうと躍起になっていた。そんなジャーファルをひらひらと避けながらあの頃を思って目尻を緩める

「いやあ、もうあの時は腹筋が捩じれるくらいに笑ったね。もう私、初めて笑いすぎて死ぬかと思ったもん。」
「そ、それは…っ、確かに、ひい。」

あまり声をあげて笑ってはいけないと察しているのだろう。口と腹を抑えて、必死に笑いを堪える彼らの口からは、それでもぷぷぷという笑い声が漏れ出ている。笑ってしまうのも仕方ないよね。私は優しくその背中を摩ってあげながら、ベスト2はね…と容赦なく爆弾を投下する

「『お前は何故、俺に関わる…。この業を背をうのは、俺だけで良い…。』」
「ぶふッッ!」

そうだそうだ笑ってしまいなさい。声をあげて笑えば楽になるよー。ひいひいと笑いを我慢する彼らを微笑ましく見つめていれば、油断していた。ゴツンと頭に大きな拳骨が降ってきた

「痛いじゃない、ジャーファル。私、そんなお母さんに手をあげるような息子に育てた覚えはありませんよ。」
「柚子に育てられた覚えもありません。」

後ろを振り返れば、不機嫌全開という表情をしたジャーファルがじとりとした視線で私を見下ろしていた

「ちょっとくらい良いじゃない。皆が望んでるんだよ?」
「それでも話していいことと、黙っておくべきことがあるでしょうが。」

明らかに不機嫌ですなんて顔して唸るジャーファルに、私はやれやれと肩を下ろした。どうやら私にとっては楽しい思い出であっても、ジャーファルにとっても蓋をして置きたい思い出だったらしい。私は申し訳なさそうに眉を下げて、ごめんねとジャーファルの肩にぽん、と手を置いた

「もう言わないよ。そんなジャーファルの黒歴史で、『構わないさ…所詮は血塗られた運命だ』が1番面白かったなんて。」
「ぶはーっ!」
「柚子ッ!」

瞬間、キッと目を吊り上げて憤怒したジャーファルをさっと避けて、私はひーひー笑うアラジンくんたちの後ろに身を隠した。彼らにつられて、笑いだしそうになる口をきゅっと結んで、私は背後に轟々と負のオーラを纏っているジャーファルに、まあまあと声をかけた

「少しくらい良いじゃない。アラジンくん達が聞きたいって言ってるんだからさ。」

ねぇ?なんてちびっこ3人に話を振るも、笑うことに忙しいらしく、私の話なんて気づいてないようだった。うん、分かるよ分かる。私もその台詞を初めて聞いた時、笑いすぎて死ぬかと思ったもん…うんうん、

「まあ、とにかくさジャーファル……あれ?ジャーファル?」

とりあえず、落ち着こうなんて声をかけようと思えば。いつの間にか、そこにジャーファルの姿はなく、今までジャーファルの腕に収まっていたはずの書類たちが、ひらひらと宙を舞っていた。はて、ジャーファルは一体どこに、と辺りを見渡そうとした時だった。ポン、と肩を誰かにたたかれ、振り返るまでもなく、冷たい声が降ってきた

「柚子、貴方、本当いい加減にしなさいよ…。」
「あれ?ジャーファル、凄い怒ってる?」

ゆっくり振り返れば、思った通り、額にしっかりと青筋を浮かべたジャーファルがにこりと笑って私を見下ろしていた。だけど、笑っているのはその口元だけで、目は全く笑っていなかった

「そんなに怒らなくても、あの頃のジャーファル本当に可愛かったよ?何だか警戒心の強い猫みたいで。」
「馬鹿にしてるんですか?」
「え、何で!?本心なのに!」

それなのにジャーファルは、不機嫌を更に不快に染めた様な顔をして、ぺっ。と吐き出す様に言葉を吐いた

「そういう貴方は、いつもバカみたいにシンの周りをウロチョロして、アホ丸出しの犬みたいでしたよね。」
「あ、アホ…っ!?」
「あぁ、それは今も変わらずでしたね。」
「ジャーファルっ!」

可愛くない!やっぱり今のジャーファルは可愛くない!鼻でそう嘲笑ったジャーファルは、上から見下ろす様に言いのけた。キーッ!こういう顔したジャーファルは本当に可愛くない!むかつく!

「アホって言う人がアホなんだからね!だから私はアホじゃありませんー!」
「そういう低俗な言い返ししか出来ない次点で、アホ丸出しじゃないですか。」
「ま、またアホって言った!」
「だって事実じゃないですか。いつも周りに花を散らしてるアホ丸出しの貴方程のアホを、私は見たことがありませんよ。」
「ジャーファル、許すまじ…っ!」

そこまで言われっ放しなのは性に合わない。いくら年下だからって、甘やかすのには限度があるんだからね。沸々と込み上げてくる怒りをそのままに、私は腰に刺した鞘から、スラリと刀を抜いた

「もう黙って聞いてられない。もうちょっと躾はしっかりとしておくんだった。」
「貴方がいつ黙ってたんですか。寧ろ黙りなさいよ。」
「…………。」
「…………。」

「ジャーファル覚悟ッ!」
「返り討ちにしてやりますよ!」

ヒュっと、刀をジャーファルの真上から振り下ろせば、ガキンと眷属器によって弾かれてしまう。そのまま横から切りつければ、それすらも弾かれてしまう。キッと、ジャーファルを睨み付ければ挑発的な視線で、私を見下ろしている。その目は明らかに「貴方が私に勝てるんですか?」と言っていた

「ジャーファル、絶対泣かす!」
「やれるもんならやってみなさい。」


変わらない2人


「お、懐かしいなぁ!見てみろマスルール。昔を思い出すなあ。」
「そうですね。2人共、だいぶ荒れてますね。」
「本当、相変わらずあの2人は仲がいいんだなあ。ははは。」
「いや、だから違うと思うっす…。」
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