上陸にトラブルは付き物で


今までの小春日和が嘘だったかの様に、トロピカル島に近づくにつれ気候は一気に夏へと変わっていった。まさに雲一つない青空。サンサンと降り注ぐ太陽の光。じりじりと肌を焼く灼熱の暑さに、じわりと汗が浮かんだ。そんな南国の楽園から先遣隊が戻ってきたのは、丁度お昼を過ぎた頃だった。先遣隊として一足先に島に上陸していたバンダナとクラゲによると、どうやらこの島の外れには海軍の駐屯所があるらしく、上陸するかどうかで悩んだ結果、船長の目立たなけりゃいい。なんていう一言で、あっさりと上陸の許可が下りてしまった。今、思えばただ単に船長が下船したかっただけなんだと思うけど

「ログが溜まるのは明日の昼までだ。それまで上陸組は自由にしていい。ただし、騒動は起こすなよ。買い出し組も同様だからな。」
『アイアイ!』

そんなペンギンの声に、上陸組は「酒!女!酒!女!」と上機嫌に騒ぎ出した。おいおい、欲がだだ漏れじゃないか。とか思うそんな私の頭の中も、「ご飯!買い物!お菓子!つなぎ!お菓子!お菓子!」くらいの割合だ。正直、上陸が楽しみで仕方ないな、なんてそんな思いが溢れだしていたのか、ベポがわくわくするね!と笑った

「よし、じゃあ俺たちも行くか。」
「うん!…って、あれ?ベポは船長のとこなのか…。」

良かったらベポも一緒に行かないかなと思って視線をやれば、どうやらベポは船長と2人で上陸するようで、丁度タラップを降りているところだった

「…残念だけどまぁ、仕方ない。シャチ、2人で行こうか。」
「いや、何でお前そんなに上から目線なんだよ。」

若干、不満顔のシャチはそう言って唇を尖らせた。シャチはちょっとした言葉だけで、コロコロと表情が変わるから、からかい甲斐があるというものだ。それに笑ってしまいそうになりながらも、私はまぁまぁとシャチを宥めた

「何か美味しいもの奢ってあげるからさ。機嫌なおしてよ。」
「いや、それキャプテンから貰ったお金だろ。」
「しかし今はもう、私の金だ。」

キリッとした顔でそう言えば、威張るなとシャチに額を弾かれてしまった

「でもまぁ、何か奢ってもらうかな。」
「任せてよ。肉でも酒でも何でも奢るよ!」
「じゃあ、コノハのつなぎも作んなきゃなんねぇから、まずは仕立て屋に行って、それから周ろうぜ。」

よーし!じゃあ出発だ!そうしてにっかり笑ったシャチは、子供みたいに我先にとタラップを降りて島へと上陸してしまった。そんな彼に続いて一歩を踏み出した私は、初めての島の大地を踏みしめながら、1人ひっそりと心を震わせた。ああ、わくわくするな。自然とに緩んでしまう頬をそのままに、先へと歩きだしてしまったシャチを追いかけた

「そう言えばね、ベポに聞いたんだけど此処ってアイスキャンディが有名なんだって!」

駆け寄って、シャチの隣に並んで歩き出した私は、上陸前にベポが教えてくれたことを思い出した

「トロピカル島らしく、此処ってフルーツが豊富らしくてね。色んな種類の果物をブレンドした蜜とミルクを混ぜ合わせて作るんだって。」
「何それちょー食いてえ。」
「でしょ。私もベポにそう言っちゃったよ。」

食べたいよねぇ…なんてまだ見ぬ町の賑わいに、わくわくと胸をときめかせた。船を隠したひっそりとした岩場から、この林を抜ければ町へ抜けるらしい。皆、この道を通っているはずなのに前を見ても横を見ても、クルーたちの姿は何処にもなくて、きっともう彼らは酒屋なり綺麗なお姉さんの所なり、行ってしまったんだろうな。そう思うと自分も早く町へと行きたくて、早く早くと、シャチの腕を引っ張りながら足を速めた

「別にんな急がなくたって、町は逃げねぇだろ?」
「んー、そうなんだけどさ。だって新しい土地って、こう…わくわくしない?」

何て言葉にしたらいいのか分からないけど、知らないことを知っていくのって凄く楽しくて、もっと知りたいもっと体感したいって、わくわくしちゃう。これを俗に好奇心旺盛って言うんだろうけど、忍びとしてこの性格は致命傷だった。だから、忍びとして木ノ葉の里で生きていた時は抑えてたけど、この冒険が蔓延する世界では、抑えなくてもいいんだって。蓋を外したら、今までの反動がドッと押し寄せてきた様に、興味が抑えられなかった

「ドレミ島に来た時はさ、わくわくする暇なんて無かったからさ。ほら、私って死んじゃったすぐ後だったから。」

忍びになると決めた時から勿論、里の為に戦い死ぬ覚悟はしていた。でも、そんなあっさりした覚悟なんかじゃない。死ぬと悟った瞬間でも、必死に生きる方法を考え、どんなに卑怯な手を使ってでも生き延びてやるんだっていう覚悟も共にあったから。だから、またこうして生きていることは、奇跡だから

「でも今はね、ううん。だからこそ、今は凄くわくわくしてるんだ!」

シャチの腕を掴んだまま身体ごと振り返ってシャチを見れば、その眉間にはぐっと皺が寄っていて、私は少し笑いながらその皺を指で押し広げた

「なーにシャチはそんなに暗い顔してんの?今はこうして此処で生きてるんだからさ、それでいいじゃん!ね?」

失念していた。こんな雰囲気になりたい訳じゃなかったのに、ついつい今、話さなくてもいい話をしてしまった。すっかり難しい顔をしてしまったシャチに、私は笑いかけた。まだ仲間になって日は浅いけど、そんな期間なんて感じさせない程に、シャチは踏み込んできてくれる。だからこそ、今はこんな話なんてするべきじゃなかったのに。私は握ったシャチの腕に少しだけ力を込めて、ぐいとその腕を引いた

「お、わ!」
「ほらほら、シャチ!もう町が見えてくるよ!急ごう!」

微かに耳で拾った人のざわめきに、私はまたぐいぐいとシャチの腕を引っ張りながら足を動かした。それに蹈鞴を踏みながらも、ついてくるシャチを連れて、歩いて歩いて歩いて私は漸く賑わう島の中心地へとやって来た

「ひゃー、凄い賑わいだね。」
「だからってコノハ、お前、迷子とかなんなよ。」
「うん。そっくりそのまま返すからね。」

人でごった返す市場を進みながら、いつの間にか何時もの調子へと戻ったシャチが、隣でぷすすと笑った。それにすかさず言いかえすも、視線は自分でも分かるくらいに忙しなく辺りを見渡している。町も人も活気があって、こんな溶けてしまいそうな程の気温にも関わらず、皆がとても楽しそうにしていた。うん、いい島だな。改めて実感しながらも、キョロキョロとしていれば、衣服の形に模られた看板がふと視界の端に映りこんだ

「あ、あれって仕立て屋さんじゃないかな?」

私が指さす方向をシャチは視線で追って、「お、本当だ。」と言って迷わずにそちらへと歩みを進めた。器用に人の間を縫って歩くシャチの後に続いて、私も仕立て屋さんだろう店へと向かう。お店の前まで来て、改めて全体を見てみれば入口の両脇に小さな花壇があって、レトロな雰囲気を醸し出す何とも可愛らしい外観をしている。そんな外観なんて目もくれず、シャチはすみませーん。とそのドアを潜ってしまった。途端、ドアに取り付けられたベルがカランカランと鳴り、店員に来客の知らせをする。店内は色とりどりの布が積み立てられていて、可愛らしいワンピースや鞄などが所狭しと並べられていた。

「いらっしゃい。」

カウンターの奥の部屋から現れたのは、初老の男性だった。どうやら彼が此処の店主らしく、今日はどうしたんだい?と人の良さそうな笑みを浮かべた

「こんにちは。明日までにつなぎの仕立てをお願いしたいのですが大丈夫ですか?」
「ああ、勿論大丈夫だよ。」

そう二つ返事で答えた男性は、カウンターの上に置かれていたスケッチブックを手に取り、そこにサラサラと何かを描きだした

「デザインはどうするんだい?」
「ベースは俺が着てるこれで、あ。あと海賊旗はこれな。」
「それと、袖は半袖で、下はハーフパンツ丈で、あとはフードと、ベルトもお願いしていいですか?」
「OK。それで、ドクロマークは背中に大きいのと、左胸に小さいの、…こんなとこかな?」

そう言いながらサラサラと何かを描きこんでいた男性は、ペンを置くとくるりとスケッチブックをひっくり返してそのデザイン画を見せてくれた。それはこの短時間で、よくここまで描けたなと思えるくらいにしっかりと描きこまれていて、まさに想像していたつなぎそのものだった。それから急ピッチで取り掛かるからと、店の奥に引っ込んでしまった男性に前金を払って私たちも店を後にした。出来上がりは明日の午後。随分と急がせてしまうみたいで申し訳ないが、この島のログが溜まるのは1日。やって来る島外からの来客のお蔭で、そのスピードも売りなんだと言う


「出来上がりが楽しみだねえ。」

2人でまたしても人でごった返す市場を進みながら、完成に胸を躍らせた。さて、今からどうしようか。隣を歩くシャチを見れば、既に目星は付いているのか。通りの向いにある、屋台を指さした

「奢ってくれんだろ?」

にしし、なんて笑いながらシャチが指さした屋台を見れば、それはベポが言っていた名産品の置いてあるお店だった。抜かりないなコイツ。私はまだたっぷりお金が入った財布を取り出しながら、先に行ってしまったシャチを追いかけようと足を踏み出した。それがいけなかったのかもしれない。財布に視線を落としていたせいでの前方不注意。ドシン、と誰かにぶつかってしまった後に、しまったと気が付いた

「わわ、すみません!」
「ごめんなさい!」

さ、と転倒しないよう慌てて肩を支えてくれた相手に感謝の気持ちと申し訳なさで、咄嗟に頭を下げた。ぶつかった相手は、声と手の感触からして男性だろう。すぐに大丈夫ですかと気遣ってくれたところを見ると、随分と優しい人の様だ。面倒ごとにならないみたいで良かった。そう心でほっと息を吐きながら、地面に向けられていた視線を私はそっと上へとあげた。しかし、視線を上げるにつれて、さあ、と嫌な汗が背中を伝い落ちていく

「すみません。お怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫です。私の方こそ、すみませんでした。…海兵さん。」

それは良かったです。そう言って笑った彼は、「MARINE」と書かれたキャップを被り、袖を捲り上げたセーラーを身に纏っていた。何と言うことだ。運の悪いことに私がぶつかってしまったのは、海兵の青年だった様だ。しかし彼は、一般人の少女に接する様に私の身を案じてくれている。もしかして、私の顔は未だにこの島の海兵に割れていないのだろうか。船長に目立つなよと言われていたから、これには心の中で安堵の息を吐いた。そもそも私の今着ている服には、ハートの海賊団のジョリーロジャーは何処にも入っていない。顔が知られてない今、何処からどうみても私はただの観光客

「支えてくださってありがとうございました。では、私はこれで、」

目の前の海兵にお礼を言って、ぺこりと頭を下げた。そうすれば彼もキャップのつばを軽く下げて、会釈をした。とりあえず面倒ごとにならなくて良かった、そうやって少し気が緩んでしまっていたんだ

「おい、コノハ何やってんだ?、」

いつまで経っても後を追ってこないと、シャチが喚くのはちょっと考えれば分かっていたことなのに。早く来いよなー!なんて言いながら人と人の間からひょっこり顔を出したシャチは、私の名前を呼んだ

「…っバカ、シャチ!」

こんのアホ野郎!その私の態度に気付いたのだろう。私の後ろから驚きに目を見開いた海兵のそれと、ばっちりと視線がぶつかってしまったのかシャチは、げっ、海兵!?と驚きの声を漏らした。そんな海兵の青年は、シャチの胸元のドクロマークを指さし声をあげた

「ハ、ハートの海賊団ッ!」


上陸にトラブルは付き物で
(アホォ!シャチのアホォ!)


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