始まりの日に涙は似合わないでしょ


「改めまして、コノハです。宜しくお願いします!」

そう言えば、未だに名乗ってなかったことに気付いて、私は慌てて自己紹介と共に頭を下げた。すると目の前にいたふわもこ帽子さんが、持っていた刀をポイと隣にいた白くまくんに投げ渡して此方に視線を向けた

「トラファルガー・ローだ。」
「キャプテンは、キャプテンなんだよー。」
「…お、おう。」

にこにこと、このふわもこ帽子さんが船長なのだと白くまくんは笑みを浮かべて教えてくれた。キャプテンはキャプテン発言に少し戸惑ったけど、私は頷きながらも可愛いななんて笑い返した。そんな白くまさんの名前はベポで、ハートの海賊団の航海士をしているらしい。何で喋れるのかは分からないけど、カカシ先生の忍犬のパックンとか、ナルトのガマ親分とかと同じ原理なのだろうか

「俺は、シャチってんだ。この船の戦闘員。んで、コイツがペンギン!」
「コイツって何だ、シャチ。」

キャスケット帽子さんがシャチ。PENGUIN帽子さんがそのまんまペンギン。しっかりと皆の顔と名前を頭の中で反復しながら、何とか覚える。大丈夫だ。忍びの訓練で培った記憶力は伊達じゃないぞ。それから順番に名前を教えてくれるクルーの人たちの顔も頭に叩き込みながら、何とか全員の名前を覚えた。その際に、敬称も敬語もいらないと言われたので、船長以外は有りがたくタメ口を使わせてもらうことにした

「…それで、バンダナに、イルカ。それと…クラゲ!」
「おお、全員正解!お前、記憶力いいんだな!」

すげぇな!なんて言いながら頭をわしゃわしゃと撫でてくるバンダナは、頼れる兄貴肌の様だ。髪の毛がぐしゃぐしゃになるのは嫌だけど、頭を撫でられるのは嫌いじゃない私は甘んじてその行為を受け入れていた

「あ、そう言えばこの島のログってあと、どれくらいなの?」
「ログならとっくに溜まっている。」
「本当だったらもう出向してる予定だったんだよ。」

何と。ペンギンがそう答えれば、続けてベポがもう今から出発するんだということを教えてくれた。それはまずい。私が今、持っているのは小さなショルダーバッグと忍具ポーチだけ。流石にこれでは航海できないぞ

「だったら私、急いでお店に戻っても良いですか?荷造りしたいので。」
「んな必要ねぇだろ。」

とりあえず日用品や服を持ってこなくては。それに、ルルさんにも説明しないといけないし。そう思って船長に許可を貰おうとすれば、彼は必要ないとバッサリ切り捨てて、そのまま顎をくいと陸地へと向けた。それにつられる様にして陸地へと視線を向ければ、そこにはコノハちゃーんなんて、やけに大きな荷物を抱えながらも、呑気に此方に向かって手を振っているルルさんがいた

「って、ルルさん海賊船に向かって呑気すぎやしませんか!?」

どうしてルルさんが此処にいるんだとか、何でそんな無邪気に海賊船に向かって手を振っているんだとか、たくさん疑問はあったけど、とりあえずルルさんの元へと駆け寄ろうと急いで、船の甲板から飛び降りてルルさんの前に着地すれば、コノハちゃんすごーいなんて賛辞の拍手を頂いた。あ、いえ、どうも。…じゃなくて!

「コノハちゃん今、大変みたいだから来ちゃった。」
「いや、来ちゃったって!海賊船ですよ!?そんな無防備で来てどうするんですか!」

もしこの場に私がいなくて、もし相手の海賊が野蛮で凶暴な人の集まりだったらどうするんですか!しかもこんな人気の無い海岸で!そう声を大にして言えば、ルルさんはただ大丈夫よーなんて朗らかに笑っていた。どうしよう心配だ。私、このままルルさんの傍を離れても良いのだろうか…

「大丈夫よ。普通だったら、1人でこんな所まで来たりしないわよ。ただ、コノハちゃんが此処にいるって分かってたし、それに今コノハちゃんにはコレが必要かなって。」

そう言いながら、ルルさんは持っていた大きなリュックサックとボストンバックを、ドスンという重たい音を響かせて地面に置いた。思ったよりも重量のあるそれに、一体ルルさんのその細腕でどうやって抱えていたのかと、つい荷物とルルさんを2度見してしまう

「コノハちゃんの服に、日用品、その他もろもろ。ほとんど私のお下がりだけど許してね。」
「え、どうしてっ、」

ほら、必要でしょ?と言うルルさんに、私は一体どうして知ってるのかと驚いて口にした。それに当のルルさんは、何てことないのよとばかりに優し気な笑みを浮かべる

「隣のおじさんがね驚いてお店に駈け込んできたの。コノハちゃんの手配書が出回ってるんだって、私びっくりしちゃった。」
「わ、じゃあもうご近所さんも皆、知ってるんですね。」
「コノハちゃんたらもう有名人よ。だから、もう島を出るんじゃないかって思って、急いで荷造りしてきたの。」

何てルルさん機転の利く人なんだ!その優しさにありがとうございます!とお礼を言えば、ルルさんはいいのよなんて言いながら、それと。と言葉を続けた

「はい。これは餞別。」

そう言って背中に背負っていた妙に大きいケースを下ろして、ルルさんは大事にしてね、と微笑んだ。見覚えのあるケース。そっとそのケースのジッパーを下ろせば、中には私がこの島に来てからずっと愛用していたキーボードがしまわれていた

「っえ、ルルさん!え、貰っても良いんですか!?」
「コノハちゃんの作る歌はいつも突拍子ないものだけど、私とっても好きなのよ。その才能はコノハちゃんの宝物。これからも大切にしてね。またコノハちゃんの不倫の歌とわいせつ罪の歌、聞きたかったわ。」
「…ルルさんっ!」
「いや、お前なんて歌、歌ってんだよ。」

にこやかに微笑むルルさんに、気に入ってもらえて嬉しい!と頬を緩めれば、隣にいたシャチが軽く頭にチョップをして突っ込んできた。いやいや、だって仕方がないじゃないか。私はその場その場で見たもの感じたものを、そのまま歌にするんだ。ちょうど歌を作ろうとした時期にお肉屋さんのおじちゃんが八百屋さんのおばちゃんと浮気しちゃってたんだから仕方がないじゃないか

「貴方が船長さんですか?」
「そうだ。」

そうやってごちゃごちゃと、シャチと言い合いをしていれば、ルルさんが視線を外して船長へと声をかけた。それにいつの間にか陸地へと降りてきていた船長が、ぶっきらぼうに肯定する。相変わらず目つきの悪いその視線をルルさんに突き刺すが、ルルさんは臆することなく笑みを浮かべた

「コノハちゃんを宜しくお願いします。彼女、根は真面目で良い子なんだけど時たま、1人で走りすぎちゃうことがあるから、ちゃんと見ていてくださいね。」
「コイツはもう俺のクルーだ。言われなくても、見ているつもりだ。」
「っ、ルルさぁぁぁん!」

私の涙腺がクライマックスだ。それなら安心だわ、なんて言うルルさんに感極まって私はギュっと抱きついた。それを優しく受け止めてくれるルルさんに、私の涙腺は更に崩壊した

「ルルさん、私っ、初めて出会った人がルルさんで、本当に良かったです!こんな怪しい人間、受け入れてくれてっ、実の妹みたいに、優しくしてくれてっ!本当に、ありがとうございましたっ!」

えぐえぐ泣きわめく私を優しく抱きしめてくれて、ルルさんはあやす様にポンポンと背中を叩いてくれた

「私も、コノハちゃんに出会えて本当に良かったわ。コノハちゃんにとってこの島を出てしまうことは不安なことかもしれない。でも大丈夫、貴女が貴女のままでいられるなら、きっとこの世界は優しくしてくれるから。安心して、コノハちゃんらしく旅を続けてね。それに、いつだってこの島に帰ってきても良いの。この島がコノハちゃんの家なんだからね。」

優しいルルさんのその笑みに、私は必死に頷いた。ルルさんに出会えて本当に良かった。初めてこの世界に来てしまったその時、何も知らない何も分からない全てが不安のその中で、ルルさんは優しく私の手を引いてくれた

「今日からコノハちゃんは私の家族よ。」

その言葉に酷く救われた。満たされた。安心できた。ルルさんはこの世界で、私のたった1人の家族なんだ

「いってらっしゃい、コノハちゃん。」

だから、きっとまた帰ってくるから

「……っ、ルルさん、いってきます!」

私は自分に出来る限りの、とびきりの笑顔をルルさんに向けた


始まりの日に涙は似合わないでしょ
(出航ーッ!)


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