決断する時


「海賊の生活もそんな悪いもんじゃねぇぞ?」
「それでも私は今の生活が気に入ってたんです…。」
「でもよ、撤回は難しいんじゃね?実際、海軍ぶっ飛ばしたのお前だし。」

何だこのキャスケット帽子は。慰めるつもりがあるのか無いのか、項垂れる私を見下ろしながらもペラペラと語っている。だけどその内容が事実なだけに、反論できないのが悔しい。ちょっと腹がたったからって、少しくらいいっかなとかそんな甘い考えを持ってしまったからって、あんな軽率な行動とらなければ良かったんだ…。私は自らの手でビリビリに引き裂いた手配書を横眼に、深い深いため息を零した

「さっきの消えた分身、あれも忍びの技なのか?」

じめじめと陰鬱な雰囲気を周りにまき散らしていれば、ふいにペンギン帽子の彼が口を開いた。それは他のクルー達も気にしていたのか、おいどうするよコイツ。面倒くせー、もう海に落とすか?みたいな不愉快な会話をコソコソとしていたのをピタリと止めて、私とペンギン帽子さんの会話へと聞き耳をたて始めた。とりあえず私は未だに陰鬱な雰囲気を纏いながら、ゆるゆると首を縦に振る

「他にも何が出来るんだ?」
「あー、もう何か色々ですよ。風とか雷を操って攻撃したり、別の人に変化したりもう色々ですよ…。」
「…お前もう、だいぶ投げやりだな。」

不貞腐れたくもなりますよ。此処に来て今まで、ルルさんの元でお世話になりながら平和に暮らしてきたのだ。それなのにこのたった数時間で、私は世界中のお尋ね者へとランクダウンしたんだぞ。と言うか、ルルさんに何て説明すればいいんだろう。私は膝を抱えたまま、これからどうしようと云々、頭を捻らせた。恐らく、97%の確率で手配書の撤回申し込みは足蹴にされるとして、私はこの島から出ていかなければならないだろう。此処に留まったままじゃ、ルルさんや町の人たちに迷惑をかけてしまう。…となれば、小船が必要になるな。そうと決まれば早速、行動に移さなくちゃ。とりあえず、ルルさんの元へ戻って事のあらましを説明しに行こうと立ち上がれば、キャスケット帽子さんがうおっ!と、声を上げて後ずさった。何だ人をお化けみたいに見ちゃってさ

「お前、これからどうするんだ?」
「今、ちょうど考えていたんですけど、とりあえず海に出て島を転々としようかと。」

座っていた為にお尻に付いてしまった砂を叩いていれば、ふわもこ帽子さんが酒樽に腰かけた体制で問うてきた。それに今まで考えていたことを口にすれば彼は、その無駄に長い足を優雅に組みながらピンとそのタトゥーだらけの人差し指を此方へと向けた

「だったら、俺たちの仲間になれば良い。」
「…は?」
「っせ、船長!本気っすか!?」

あまりの衝撃発言に、私はついまじまじとふわもこ帽子さんの顔を凝視してしまった。そんな私以上に驚いたクルーの人たちは、本気なのか!?なんてざわざわと騒ぎ出したけど、船長の大マジだという表情を見ては、ピタリと騒ぐのを止めてしまった。それから私の答えを待っている様で、騒ぐのを止めてしまってもそわそわしているのが隠せておらず、周りの空気が震えていた

「お断りさせていただきます。」
「何でだ?」
「海賊になるつもりはない。それだけです。」

キッパリと断りを入れれば、それが気に食わなかったのかふわもこ帽子さんの眉間に更に深い皺が刻まれた

「もう海賊として、手配書まで出てるってのにか?」
「それでも私は海賊ではありませんので。」

世界中から海賊として追われようとも、私は海賊にはなりたくない。無関係の人たちを傷つける様な、そんな汚い人間にはなりたくない。例え、世界が違えども私の中にはまだ、火の意志はやどっているのだ。忍びを志した時に誓った、あの日の意志が。だから私はもう一度キッパリと、海賊にはなりませんと口にした。それでも納得してくれなかったのか、ふわもこ帽子さんはジロリと私を睨み付け言った

「俺は医者だ。」
「キャプテンは、死の外科医って言われてるんだよ。」

彼の行き成りの医者発言に、私はどういうことだと衝撃を受けた。まさかこの極悪人面で医者だとでも言うのだろうか。訝し気な視線を遠慮なく、目の前の彼へと向ければその隣にいた白くまくんが嬉しそうに、口を開いた。その物騒な単語に、もはやそれは死神ではないのだろうか。と言うか死の外科医って、思いっきりヤブ医者じゃないか。助かるもんも助けてくれないぞ。と、そのままの視線で白くまくんを見つめれば、何故か彼は誇らしそうにへへっと笑っていた。そんな私の心情を読み取ってか、ふわもこ帽子さんは舌打ちを1つして、俺は無駄な殺生はしねぇんだよ。と吐き捨てた

「どうせお前は、俺たちが矢鱈に人を傷つけ、無関係の人間から金品を強奪して、惨殺する。そんな海賊だって思ってんだろ。」
「…違うん、ですか?だってこんなに極悪人づ…、おっと。海賊ってほとんどがそういう者だって聞いたから…。」
「お前、ほぼ口にしてんじゃねぇか。」

キャスケット帽子さんのツッコミは聞かなかったことにする。もちろん、ふわもこ帽子さんの額に走った青筋も、だ。私が誤魔化す様に何度か咳払いをすれば、ふわもこ帽子さんは、未だに額に青筋を浮かべたまま話を続けた

「俺たちはそんな低能な海賊じゃねぇ。金品を奪うのも同属の海賊船からだけだ。手をかけるのも向こうから突っかかって来た時だけ。当たり前だが、一般の人間に手を出す程、俺たちは落ちぶれてねぇ。」
「キャプテンはね、一見、怖そうに見えるけどね。本当は凄く優しいんだよ。」
「おい、ベポ。いくらお前でもバラすぞ。」

白くまくんの発言はきっと本心からだったと思うんだけど、だけどごめん信じられないよ。刀に手をかけて白くまくんへ迫るふわもこ帽子さんの背後には鬼が見えた。オーラが殺人鬼のアレだ。そんな彼を前に、周りにいるクルーの人たちはひぃぃぃと震えていた

「本当に一般人を傷つけたりしないんですか?」

本当に発言通りにバラされそうになっていた白くまくんの涙に負けて、私はふわもこ帽子さんの気をそらす様に口を開いた。予想通りに、彼は抜刀していた刀を鞘に納めて、そのまま酒樽の上に腰を下ろした。それに白くまくんは泣きながらお礼を言って、クルーの人たちはほっと胸を撫で下ろしていた

「嘘は言わねぇ。」

キッパリと言い放つふわもこ帽子さんの目は、真っ直ぐに私へと届いた。この目は嘘を言っていない。直感的にそう感じた。だったら、この船に乗るのも悪くないかもしれない。海賊という肩書は不服だけど、彼らについて行けば船を1から用意する手間も省けるし、ある程度の衣食住だって確保できるだろう。思いっきり自分の為な気もするけど、島を転々とする彼らとは予定していた行動とも一致するし丁度良い。それにクルーの人たちも悪い人じゃなさそうだし…、私はそこまで考えてよしと頷いた

「先程は頭ごなしに疑ってしまって申し訳ありませんでした。…良ければ私を、この海賊団に入れてください。宜しくお願いします。」

ぺこりと、ふわもこ帽子さんに向けて頭を下げた。そしてそのまま頭を上げれば、「歓迎する。」そう言ってふわもこ帽子さんは、今までの不機嫌顔が嘘みたいにニヤリと笑みを深めた


決断する時
(…本当に、ルルさんに何て説明しよう…)


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