人はそれを過剰防衛と言う


「ハートの海賊団!覚悟しろ!」

楽器屋の女から、クラゲが調整を頼んでいたというギターを受け取った後、そいつが帰るよりも早く周りを海軍に囲まれてしまった。数は4、50。その多さにヤバいなと内心、舌打ちをしながらも、海賊の性ってのは隠せないようで口元にニヤリと楽しげな笑みが浮かぶのを感じた。逆に女の方は、どうしようとテンパっているのか、海軍を見たり俺を見たりとその視線を忙しなく動かしていた。そりゃ、そうか。普通に生きてりゃこんな殺気だった海軍に囲まれることなんて、そう無いもんな。そう考えてしまえば、途端に目の前にいる女に申し訳ない気持ちになってしまった。完璧に巻き込んでしまったのはこっち側だ

「えぇぇ、え、え、これどうすんの!?私、海賊じゃないのに!ってか他のクル―さんはいないんですか!?」
「…今日は、訳あって俺しか船番がいねぇんだよ…。」
「何てタイミングの悪さぁぁ!」

訳あってとか何か理由がある様に言ってはみたけど、俺が1人で船番してんのは何てことないただの罰則だ。つい船長の機嫌を損ねる様なことを言ってしまったが為に全員、俺だけを船に残して上陸しちまった。ったく、ペンギンの奴。この島には海軍の駐屯所は無いって言ってたのによ。思いっきりいんじゃねぇか。とりあえず俺は、関係のないこの女だけは逃がしてやろうと、袖に隠し持っていたナイフを両手で構えて声を張り上げた

「今だお前ら!やっちまえ!」

海兵の後ろ、船首の方へ向けて叫べば思った通り、全員がそちらへと勢いよく振り返った。その隙を付いて俺は丁度、女の真後ろにいた海兵2人の額へと向けてナイフを飛ばした。そのまま額のど真ん中へと吸い込まれる様にしてナイフは突き刺さり、海兵はドサリという音をたてて甲板へと突っ伏した。そこに生まれたスペースから、女の肩を突き飛ばして放り出せば、女は海兵を踏みつけ転けながらもこの輪から抜けていった

「お前、そっから海に飛び込んで逃げろ!こっからだったら反対の岸まで泳いでいけんだろ!」
「え、で、でも貴方はどうするんですか!?」

戸惑っている女にかまっている暇はなく、同胞に手をかけたことによって更に殺気立った海兵がカトラスを振り上げ、切りかかってきた。それを交わしながら、適格に致命傷になるであろう部位をナイフで切りつける。それを海兵相手に繰り返していれば、何やら言い合う様な声が甲板の端から聞こえてきた。振り返れば、女と海兵が3人、言い合っている。尚も自分は海賊じゃないと言い張ってはいるけど、絶対に海兵は納得しないだろう。だけど今の俺の状況じゃ、女の元へ行くことは出来ないし。って言うか何でアイツは逃げずにまだいるんだよ!

「っち、おい!海軍!その女はちげーよ!仲間じゃねぇ!」
「騙されるか、海賊!」
「っだー!お前もさっさと逃げろよ!」

俺の好意を無駄にしやがって!キっと睨み付けてやれば、女は分かってるのか分かってないのか、あははと苦笑していた。あー、もう!お前、今の状況分かってんのかよ!

「海賊、余所見とは余裕だな。そんなに仲間が気になるか?」
「っは、だからアイツは仲間じゃねぇっつってんだろ!」

振り向き様に振り下ろされたカトラスを、反射的に右へ飛び跳ねて避ければ、そこを待ってましたとばかりに他の海兵のカトラスが向かってくる。それを持っていたナイフで弾き飛ばす様に防いで体制を起こせば、チリっとした痛みが頬へと走った。右頬を親指で拭えば、その指にはべっとりと血が付着していた。改めて自分の白いツナギを見下ろしてみれば、避けきれなかった傷や引っ掛けたであろう傷でツナギは破れ、同じ赤が滲み出していた。あぁ、これは船長にドヤされるぞ。と俺はこっそりと溜息を吐いた。その時、ふとして自分を呼ぶであろう女の声が耳に届いた

「キャスケット帽子さん!」
「っ、んあ!?」
「しゃがんで!」

女は何かをするつもりなのか、海兵から距離をとってニヤリとその口元に笑みを浮かべていた。それに不穏な気配を感じた俺が咄嗟に伏せればその瞬間、船を覆う様にして発生した高い津波が、この船だけを狙い襲ってきた

「んなっ!?」

流される!その勢いに身構えた時だった。夥しい量のその水は俺の頭上を通過し、生き物の様にその場に立っていた海兵たちだけを器用に攫って流していく。水に捕まった海兵たちは全員、海へと放り出されそのまま沖へと流されていってしまった。あまりの信じられない光景に、ただただポカンとしていた俺とは反対に、女はやってしまったという顔して言うのだった

「…キャスケット帽子さん…これって、正当防衛になりますかね?」


人はそれを過剰防衛と言う
(……いや、なんねぇだろ…。)


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