誰も知らない何も知らない
「あまりにも呆気ねぇさ。」

そう期待はずれとばかりに零した彼は、もう灰となってしまったアイツから視線を外し槌を仕舞う。さっきの出来事はあまりにもあっという間で、何が起きたのか分からないくらい。本当に一瞬の出来事だった



「俺はラビ。宜しくなー。」
「私は椎名 梢です、宜しく。」

あれから少し落ち着いた私は何故か今、彼が操っていた槌の上に乗り空を飛んでいる。その姿が何だか"仲間"の様に見えて、もしかしてこのラビって人も私と同じ魔法使いなのかなとか思ってしまう

「なぁなぁ、梢っていくつ?あ、俺は13さ。」
「じゃあ私は16歳だから、ラビよりはお姉さんだね。」
「………いやいや、それは無理ありすぎだろ。どう見ても、10代前半だろ?」
「は、何処をどう見たらそんなこと言えんのよ!?」
「だって、明らかに俺より幼いじゃん?」
「失礼な!確かに日本人は少し童顔だけど、私はこれでも…っ!?」
「どした?」

…あれ、ちょっと待て?私は一瞬固まって、ゆっくりとラビが言うセリフを頭の中で繰り返した

「どう見ても、10代前半だろ?」

言っておくが本当に私はもうガキんちょなんて年じゃない。それに年も16歳で、学年だってもう今年で6年生のお姉さんだ。言うなれば大人の女って言うやつの部類に分けられる方だと思う、だけど…そう言えば何かいつもより視線が低い様な気もする。何かいつもより声も高く感じるし、いつもより歩幅も狭かった様な気もする

「あれれ、もしかしてこれ…私、縮んでない?」
「え、マジでか。」

そう虚しく呟いた言葉と乾いた笑いは、無常にも夜の闇に吸いこまれていった


あれからさっきの廃れた町とは違う、活気ある町まで飛んで来たわけで。私は宿に備え付けてあった鏡を見て、やっぱりと肩を落とす

「本当に縮んでるよ…。」

恐らく、この顔立ちからして11歳ってとこだろうか。でも、どうして身体が縮むなんて事件が起こった?別に身体を縮ませる薬なんて飲んでないし、魔法もかけられた覚えも無いはずだ。出てこない答えにんーっと頭を悩ませていると、ノックされるドアの音

「梢、そろそろいいか?」
「あ、うん。今行く!」

とりあえず分からないもんは仕方がない。これと言って別段、凄く不便って訳ではないから置いておこう。私は考えるのは後回しに、ラビが待つ部屋へ向かった


「そんじゃ今から、梢に色々聞きたいことがあるんだけど。」
「うん。」

それなら私も聞きたい話ことは、たくさんあった。此処は何処なのかとか。貴方は何者なのかとか。先程の“AKUMA”とは何なのか。何で私は帰れないの、何で幼くなってしまっているのとか。まぁ、最後の2つは彼に問うても答えは見つからないんだろうけど…

「じゃぁ、まず最初に単刀直入に言う。梢、お前…何者さ?」
「…わぉ、本当に単刀直入だね。」

眼帯で片方隠されていたけど、その真っすぐ交わる翡翠色の瞳にはさっきとは違う疑いの色が浮かんでいる

「でも、私は人間だよ。…としか言いようがないんだけど。」
「普通の人間は、あんな不思議な技は使わんさ。」

不思議な技?もしかしなくてもラビは魔法のことを言ってるよね。でも、それを言うなら…

「ラビも同じでしょ?私と同じ魔法使いじゃない。」
「……………………は?」
「え?」

私、何か変なこと言った?たっぷり開いた間に、目の前には固まるラビ。だってラビは空も飛ぶし、何も無い所から炎を出すし。杖じゃなくて槌を使ってるとこが変わってるけど…だからてっきり

「魔法使いじゃないの?」
「……俺はエクソシストさ。」
「エクソシスト?」
「そ。エクソシストは、AKUMAと戦う戦士のこと。」
「…AKUMAってさっきの…。」
「エクソシストは、このイノセンスを使ってAKUMAを破壊することが出来るんさ。」

そう言ってくるくると、小さくなってしまった槌を回すラビ。何とも物騒な話だ。AKUMAやら破壊やら戦士やら…正直、全く意味が分からない。その主を伝えれば、ラビは「いいか?」とゆっくりと最初から話始めてくれた

世界は約100年前に遡り、ひとつのキューブが発見されたことから話は始まった。そのキューブには、あるひとつの予言そしてある物質―イノセンスの使用方法が記されていた。そのイノセンスを加工し作られたのが対アクマ武器、唯一AKUMAを破壊することの出来る武器なのだ

キューブの作り手は、そのイノセンスをもって千年伯爵と戦い打ち勝ったという者だった。しかし結局、世界は1度滅んでしまうのだ
―それがノアの大洪水
キューブはそれを“暗黒の三日間”と記している。そしてキューブには予言としてこうも記されていた

“暗黒の三日間 再来”

千年伯爵がこの世界に舞い戻り、世界は再び終焉を迎えると言うのだ。ヴァチカンはこの予言の元に黒の教団の設立、そしてイノセンスの適合者―即ちエクソシストを集めた。しかし過去を忘れてはいなかった伯爵は、それに対抗する兵器を製造していた
―それがAKUMA
しかしイノセンスは、ノアの大洪水により世界中に飛散していた。その数全部で109個。黒の教団はそれぞれ各地に眠っているイノセンスを、伯爵よりも先に回収しなければならない

イノセンスの争奪戦争の始まりなのだ


「俺らは何が何でも伯爵より先にイノセンスを見つけださなくちゃなんねぇ。じゃないと、世界終焉の予言が本当に来ちまうんさ。」
「世界、終焉…。」

彼から聞いたその話は、此処に来る前の私だったら直ぐには信じられなかったと思う。だけど殺されそうになった真実、見てしまったAKUMA、イノセンス…だから私は、その話をすんなりと受け止めた。そんな私を見て、ラビは「じゃあ。」と言葉を繋ぐ

「次は梢のことを教えて欲しい。」
「…あぁ、うん。」
「魔法使いってどういうことなんさ?」

それから私はたっぷり言葉を選んで話をした。私が魔法使いで、ホグワーツ魔法魔術学校の6年生だってこと。姿現しをしておじいちゃんの家に行こうとしたら、あの廃墟に居たこと、何故か帰れないこと。そして、きっと此処は私のいた世界ではないということ…ラビは全部、話を聞いてくれて信じてくれた

「じゃあ、とりあえず明日、俺と一緒に教団に行くさ。」
「へ?だって私、おもいっきり部外者なのに…。」
「でも、こんな何も知らない所で生きちゃいけねぇだろ?」
「…それは、そうだけど…。」

正直、怖かった。あんな恐ろしい思いは2度とゴメンだし、此処に置いていかれまた襲われたら私は確実に殺されてしまうだろう。例えそうでなくても、誰も知らない何も知らないこの土地で、その上1人で生きていくのは不安すぎる。だから私は、差し出されたラビの手を握って、共に教団へ向かうことを約束したのだ


誰も知らない何も知らない
(此処は私がいないはずの世界)
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