ばさり、彼が脱ぎ捨てた上着が床に落とされる。現れた身体はほぼ完成されていて、隆起する筋肉に私は思わず目を奪われた。逞しい腕が私の頬に伸びてきて、心臓はいやという程跳ねる。彼の端正な顔が近付いてくるので思わず目を閉じると、額に柔らかいものが触れた。 「っ、?」 てっきり唇に重なるとばかり思っていた私は少し戸惑って彼を見上げる。伏せられた彼の睫毛がそれはそれは綺麗で、もう。

「恋人ではないから、」

優しさからの行為と言葉だった、なのに私は何故か少しだけ悲しくなる。いっそ恋人同士なら良かったのに。初めてが『仕事』で、だなんて。ただ無色の細い糸で繋がってるだけの私達。私から断ち切ることは許されず、でも彼が飽きたらいつでも切られる、そんな関係。兵士達の欲を満たす為の、実質的には道具のような存在なのだ。自分からそう望んだ癖に今になって、綺麗なままでいたかった、なんて我儘を心の中で。さっき彼の言葉に甘えておくべきだった。くれるというのだから素直に貰えば良かったのに、妙な意地とプライドとが邪魔をした。どれだけ後味の悪い幸せでも、終わりの見えない不幸せよりは良いだろうに。

「綺麗な、白だ」

私の肌を見て、彼が言う。本音か建前か私にはわからなかったけれど、とりあえず有難う御座いますと言っておいた。耳朶や鎖骨に触れるだけのキスを落とした後、少しだけ私の顔を見つめる。 「怖いか」 はいともいいえとも言えず、唇を開いたもののまた閉じることしか出来なかった。私は怖いのだろうか?怖くないと言えば嘘になるけれど、怖いとはまた違う、そんな感じがする。薄い布を捲られると、私を防護するものは何もなくなってしまう。 「しょ、将軍様」 恥ずかしくて手で胸を覆い隠すと、その手をそっと持ち上げ甲に口付けられた。

「荒々しくはしない」

約束しよう、そう言って彼は少しだけ口元を緩めて、私はまたそんな彼に見惚れる。とても誠実な人であるのはひしひしと伝わってきた、決して悪い人でないのももうわかった。やんわりと私の胸の形を変えていく手のひらは、私の肌よりも冷たくて、そのせいか少しぞくぞくした。 「あ」 中心に指が触れた瞬間、口から高い声が漏れた。恥ずかしい、恥ずかしい、どうしたらいいかわからない、身体も頭も言うことを聞かない。指とは違う、生暖かく湿ったものが胸を這う。ころころと舌の上で転がされているうち、いつしか硬くなった乳首をかり、と甘噛みされ、思わずびくんと身体が大きく震えた。

「っ、あぅ……、」

片方はちゅっちゅと音を立てて吸われ、もう片方は指で摘まれたり押し潰されたり。与えられる刺激はすべて私が初めて出会うもので、もはや痛みと快感の区別の仕方もわからない。お腹の下あたりがきゅんとして苦しいくらい。足の間は何故か熱い。何だか落ち着かなくて無意識に膝を擦り合わせていると、それに気付いたらしい将軍様が少し目を丸くして言った。

「欲しいのか」

何が、と問い返す前に、彼の冷たい手のひらが私の太股をすうっと撫でて、びっくりしてひゃあ、と声を上げてしまった。布の上から秘部をぐっと指で圧迫され、痺れのような感覚が身体に走る。そのうちに彼の指は布を寄せて横から侵入してきて、直に私に触れた。

「あっ、」

くちゅ、くちゅ、彼の指が動く度にそんな音がして、ああちゃんと濡れているんだと思った。慰安婦が不感症だったりしたらどうしようと不安だったけれど、そんな心配は必要なかったみたいだ。将軍様の指が陰核をクリクリと弄ぶ。私はびくびくと肩を震わせながら、唇を必死になって噛み締めた。

「ん……っ、ん」

こんなに声が出そうになるものなのだろうか。私は異常なのではないだろうか。杞憂は絶えなかった。将軍様を幻滅させるわけにはいかない。他の慰安婦達はどうだろう、どのくらい声を我慢するのだろう。いや、それとも我慢する方がおかしいのだろうか?どうしたらいいかわからない、ただ身体が熱くて、ぞくぞくして、 「入れるぞ」 彼の言葉は何かの呪文みたい、私はこくんと頷くことしか出来ない。

「んっ、」

長い指が、私の中にいる。不思議な感覚だ。内壁を擦られるとどうしようもなく口が開いて、私のものかどうか疑いたくなるような高い声が出る。 「あっ!ふぁ、あ、あっ待っ、」 ぬるりと滑る指が二本。バラバラに動いて、私の中を掻き混ぜる。下から何かが上がってくるような感覚、これを気持ちいいというのだろうか。私が今まで使っていた気持ちいいとはまるで違う。

「あ、ア、しょ、ぐん、さまっ、あっ」
「……、その呼び方はやめてくれ」
「で、も」
「今は将軍と慰安婦ではない。ただの男と女だ」

真面目な表情で彼は言う、だけどその頬は月明かりでもわかるくらい赤くて、もしかして欲情してくれているんだろうか、と思った。首筋を舌でゆっくりなぞられながら、じゃあ何とお呼びしたらいいのかと考えたけれど、中を混ぜる指がいつの間にか三本に増えていて、まともな思考に辿り着く前に掻き消されてしまう。

「はあ、あ、っ、んゃ」

視界が潤む。ぎゅうと目を閉じたら、目の端から涙が溢れた。将軍様がそれに気付いて、空いている方の指で拭ってくれる。 「っす、スリード、さま」 私の声を聞き、彼はふっと微笑んだ。 「その方がいい」 髪を撫でる彼の手はさっきまでと違って熱いくらいだった。

「痛くないか」
「へいき、です、っあ、だけどっなんだか、へんっ、私、」

何かが、何かが上がってくるのがわかる。お腹が苦しくて、たまらなくぞくぞくして、彼の指が動く度に気が変になりそう。何だろう、これ、わからない、怖い。将軍様は何も言わずに、指の動きを早めて、私は喘ぐことしか出来なくなる。気持ちいい。――気持ち、いい。

「っあん、や、あ、ああっ!」

今までにないくらい身体が震え、味わったことのない快感が走った。 「はあっ、う、ふぁ、はあ、はぁ」 直後、急に力が入らなくなり、突っ張っていた足はずるずると滑りシーツに沈む。彼の腕にすがっていた手もぱたりと落ちる。乱れた息はなかなか整わず、将軍様の表情を窺う間すらなかった。

「……達したようだな」

将軍様が呟き、私はとんでもない羞恥と罪悪感とに苛まれ、両手で顔を覆った。 「スリード、さま、申し訳ありませ、……私、勝手に」 慰安婦の癖に、慰安婦の癖に。本来ならば私が、彼を気持ち良くさせねばならなかった。なのに、こんな風に一人で勝手に達してしまって。情けない、みっともない、きっと呆れられた。 「謝ることではないだろう」 そう言いながら、彼は指を引き抜いた。恐る恐る目を開けると、とろりとしたものが月明かりに照らされ艶かしく光っているのが見えた。自分が出したものなのだと考えると胃が捩れる思いだった。

「今夜はこれで終わりだ」

将軍様はぐっと背を伸ばし私に顔を近づけて、初めと同じように額に優しく唇を押し付けた。 「終わ、り……」 反復すると血の気が引いた。終わり、ということは。私の身体は彼の気に召さなかったのだろうか。

「スリード様、あっ、いえ、すみません、将軍様、あの」
「スリードでいい。何だ」
「……、スリード様、その、最後まで、なさらないのでしょうか。これでは私ばかりが良い思いをしてしまっています……」

私が言うと、スリード様はほんの少し首を傾げ、そして、言う。

「君は最後までされたかったか?」
「わ……私は……、スリード様が望まれるのならば」
「……そうか。だが、初めての君に無理をさせるわけにはいかない」
「えっ?き、気付いていらしたんですか、その、私が、……処女、だと」
「新入りは『手練れの慰安婦』だと聞いていたが、それにしては反応があまりにも可愛らしかったのでな」
「かわっ……そ、そんな、こと、ありません、……調査書はでっち上げたんです、どうしても面接に受かりたくて」
「そんなことを咎める気はない。代わったのが君で良かったと思っている」

スリード様はそう言い、ベッドから身を起こした。そのせいで隠れていた私の身体が丸見えになってしまい、慌てて手で胸元を覆うと、スリード様は毛布を引っ張り私に掛けてくれた。 「今さら恥ずかしがったって、もう全部見せてもらったが」 小さく笑いながら言われ、私は顔がかあっと熱くなったのを感じた。

「スリード様」

床に落ちていた上着をもう一度羽織りなおした彼を呼ぶ。 「あの、今日は、お越し下さって、有難う御座いました」 兵士が来たとき、帰るときに言うようにと教えられた言葉。何だか違和感を覚えつつも口にすると、どうやら彼もそうだったようで、薄く笑みを浮かべたままそんな私を見て訊ねてきた。

「近いうちに、また来てもいいか」
「は、はいっ、喜んでお相手させて頂きます」
「本当にいいのか?次は我慢できる自信などない。君が痛がっても、やめて欲しいと泣いても、無理矢理に抱くかもしれないぞ」
「か――、構いません。スリード様の思うままに。わ、私は、スリード様ならば、受け入れますから」

本心、だった。彼に組み敷かれてみて思ったのだ。この人になら、初めてを捧げたっていいと。トラウマになったりはしないだろうと。優しい手のひらと誠実な言葉は私を酔わせたし、本来義務であるはずの行為に満足感を見出だした。彼は私を気に入ってくれたようだし、お互いに不利益はなかったのかもしれない。あくまで『仕事』ではあるけれど、彼の体温を感じることに嫌悪などおぼえなかった。もっと触れて欲しいとさえ、思った。

「……では」
「はい、スリード様。ええと、お休みなさい」
「ああ、……お休み」

カチャリ、ドアノブが回る音。彼の姿がドアの向こうに消えると、私はぐったりとベッドに横たわった。彼に触れられていた所はまだ濡れて、熱を帯びている。心臓も落ち着いてくれない。

「スリード、様」

暗い部屋で一人、彼の名前を呟くと、胸がぎゅうと締め付けられた。……彼のことが、もっと知りたい。どんな人なのか、もっと、もっと。慰安婦である私がそう思うのはいけないことだろうか。許されないことだろうか。だけど、芽生えかけの新しい感情は先のことばかり気にしていた。彼が次にあのドアを開ける時、私は。


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