「では、卒業してすぐ働きに?」
「はい。お恥ずかしいことながら、高等学校に上がるお金はありませんでしたので」

私のすぐ隣に座っているのは、陸軍将校のバダップ・スリード様その人で、私は彼の直属の慰安婦で。担当になって初めて、彼から慰安所に来るという連絡を受け、色々な感情に押し潰されそうになっていたというのに。私と彼は何故だか、私の『仕事場』であるベッドに腰かけ、お話なんかをしていた。

「貧しいのは恥ずかしいことじゃない」
「いえ、でも」
「恥ずかしいのは、国民が苦しんでいるのに戦争を始めた、君の国の上層部だ」

私の話が聞きたいと言うので、とりあえず生い立ちからつらつらと話してみてはいるのだけれど、果たして将軍様の気に召しているのか、私は不安でならなかった。そしてもうひとつ、処女喪失を覚悟してこの部屋で彼の到着を待っていたのに結局何もされなかったためか、えもいわれぬ虚無感もあった。

「……将軍様、どうして戦争は起きるのでしょう?沢山の人が傷つき、亡くなってゆくのはわかっているのに」
「はっきりとは答えられない。だが、俺達人間は奪い合い競い合う生き物だ。人間が滅びない限り、戦争は決して滅びないだろう。それが性というものだからな」

きっと私も彼も、面白いわけではないと思う。軍人と元町娘、共通の話題などありはしなかったし、お互いの趣味もわからないし、戦争の話くらいしか思い浮かばない。だけど、私の話を聞いている彼はとても真摯な表情をしていて、ああ、真面目に聞いて下さっているのだと思った。何だか予想外だ。将軍なんて皆、怒鳴り散らし権力を掲げ、畏怖で兵士をまとめ上げる筋骨隆々の大男だろうと勝手なイメージを抱いていた。彼はまるで違う。肩はしっかりしているけれど、全体的には細身でスラッとしていて、物腰は静かだし、短気でもなかった。あの国の誇る『鬼』をこの人に重ねることが、どうしても出来なかった。

「……君はどうして自ら慰安婦になどなった?仮宿舎での生活は良くなかったか」
「いえ。……借金があるので、それを返したくて。母は身体が弱いですし、妹もまだ幼いですから、私の家では今私が稼ぎ頭なのです。それに、将軍様達は敵国の私達にとても良くして下さるから、私がこの仕事をすることで少しでも恩返しになればとも思って」

怖くて逃げ出したいという気持ちは今や薄れてしまっていた。仮宿舎にいる母さんや妹はどうしているだろう。何も言わずに抜け出して、勝手に慰安婦になった今、会いに行くことはそう簡単に許してもらえないけれど。

「金が必要なのか」
「……、はい」
「君さえ良ければ、俺が工面してやってもいいが」
「はい―――えっ?」

将軍様の言葉に、私は思わず声を上げてしまった。工面、ということはつまり、借金を肩代わり、もしくは返済の扶助をして下さるという意味だろうか? いや、そんな出来すぎた話があるわけがない、だって、私達はついさっき初めて出会ったばかりで。将軍様が私にそこまでしてくれるほどの情など、まだ持たれていないだろうに。

「嫌か?」
「い、嫌ではなくて、そんなの、いけません、駄目です。借金は私達家族の問題で、将軍様にご迷惑をお掛けするわけには」
「自由に使える金はあるが、俺には必要のないもの。君なら譲っていい」
「そ……そんな、どうしてですか、私などに」
「気に入ったからだ」

さらりと、表情も変えずそう言うものだから、私はもう驚きなど通り越して放心してしまった。 私、将軍様に気に入って頂いた、の? にわかには信じられない、私は別にこれといって容姿に自信があるわけでも、振舞いが優美なわけでもなんでもない。ただのしがない花屋の娘で、いつかこの国を花で一杯にしたいだなんて子供じみた夢を見ている女で。それをどうして、明るい未来に歓迎された彼のような人が。

「そんな……ご冗談を」
「冗談などではない。何なら今すぐ金を用意しよう」
「な、何をおっしゃるのですか、そんなことして頂くわけにはいきません!私は、……私は、ちゃんと働いて返したいのです。誰かの力を借りたなんて、情けなくてとても母には言えません。ですから」
「君は若いし、さっき話してくれた夢があるのだろう。こんな所で働くべきではない。いずれ我が軍が完全に勝利をおさめたら、この国は豊かにしてみせる。もし申し訳ないと思うならば、その時自分の店で働いて返してくれればいい」

将軍様の目はあまりに真剣で、私は何も言えなかった。本気、なのだ。この人は本気で、私の家の借金を肩代わりして下さる気でいる。ここまで言われてしまったら、さすがに信じるしかなくなってしまう。……確かに、すごくいい話だ。彼の言う通りにするべきだということくらい、私だってわかる。わかるけど、でも。

「……やはり、私は将軍様からお金は受け取れません。そのお気持ちだけで充分です、有難う御座います」
「だが、」
「借金返済に力を貸して下さるというのなら、この私を抱いて下さい。そうすれば私は仕事をこなしたことになり、給料が貰えます。私が働いて稼いだお金ですから、これならばちゃんと受け取ります」

将軍様は私の言葉を聞いて、しばらくは黙っていた。その間、私は彼を見つめ続ける。一種のプライドとも言える虚勢であった、だけど譲れない信念でもあった。人のお金を借りて返済出来たって駄目なのだ。

「本当にそれでいいのか」

静かに問われ、私はしっかりと頷いた。

「了解した、」

君を抱こう。

そう言って彼は私の肩を掴み、ゆっくりとベッドに押し倒した。スプリングがギッと軋み、私はこれから押し寄せるであろう感覚の波の色を少しだけ想像した。やはり怖い、だけど、この人ならばきっと大丈夫だ、と、何となくそう思えた。


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