何度心を落ち着かせようとしても、あのドアがもうすぐ開くんだと思うと気が気じゃなかった。私の住む地域が植民地にされてしまったとき、最初は町のみんなが絶望と恐怖に包まれたけれど、殺害や暴行、奴隷化などはまるでなく、私たちを支配している国はとても友好的であった。日々の生活は保障されていて、寝るところにも食事にも困ることはなく、それどこかむしろ戦争が始まる前より暮らしは豊かになったくらいだ。

カチャリ、ドアノブが回る音がして、私は思わず身を硬くした。私が知っているのは名前だけで、どんな人なのかはまるっきり知らされていない。胸にあてた手のひらのすぐ下で、心臓がひたすらに伸縮を繰り返している。私は今夜、この部屋で、『仕事』をする。いくら友好的な国の軍人と言ったって、怖くないわけがなかった。

「バダップ・スリード様、お待ちしておりました」

教えられた通りの言葉、何度も練習したはずなのに、いざとなると私の声は小さく弱かった。生活環境の厳しさから、今まで異性と関わりを持つこと自体少なかった私だ。もちろんこんな行為に及ぶだなんて、人生で初めてのこと。願わくば好きな人と、なんて夢を見ていたけれど、そうもいかないみたいで。

ギシリ、ベッドが軋む。本当は逃げたかった、慰安婦なんてやりたくなかった。だけど、私がこうして『仕事』をこなすことで、母さんが少しでも楽になるのなら。この身ひとつくらい誰にだって捧げる覚悟を、すでに決めていた。私が、やらなくちゃ。

「まだ、」

将軍様は静かに口を開いた。

「まだ子供じゃないか」

紡ぎ出されたのは予想もしていなかった言葉で、私は思わず目を見開いた。月明かりに照らされた彼の顔はとても端正で、冷徹で鬼のようだと言われているあの国の軍人だとは到底思えなかった。

「あの……」

彼は私には目もくれずベッドの端に腰かけて、首をポキポキと鳴らしたりなんてしている。何だか拍子抜けというか、てっきりすぐに始めるものだとばかり思っていた私は、安堵と共に不安にも苛まれた。子供と言ったって、私はもう十七で、ちゃんと慰安婦募集のポスターに書いてあった年齢にも到達しているし、面接にも受かったわけで。ここまできて、今さらそんなことを言われるだなんて思ってもみなかった。

「だ、……抱かないんですか?」

恥もプライドも捨てて、母さんのため、自ら慰安婦に志願したのに。仕事をろくにこなせなかったら、給料ももらえないし、いつか要らないと言われてしまうかもしれない。それじゃ元も子もないのだ。

「俺にその気があって慰安所に来たのではない。日頃良くして貰っている士官に、新入りが来たらしいから行っておけと言われただけだ」

新入り。それは私のことだ。彼の直属慰安婦であった人が何らかの事情で慰安婦を辞めさせられた為、代わりとして丁度入ったばかりの私が彼の相手をすることになった。自分から志願した手前、処女だなんてとても言えず性交経験を偽った結果、将校なんていう高い地位の軍人の担当になってしまった。これでヘマをやって初めてだと悟られたりしたら、どうなるかわかったものじゃない。

「じゃあ、その、……しないのでしょうか?」
「……そうだな、今夜は」

君と話でもしよう。

将軍様の手のひらが頬に触れて、私は息をするのさえ忘れてしまった。きらきらと儚げに煌めく銀の髪、細められた朱の瞳。私は自分の立場など微塵も考えないまま、ただ彼に見惚れてしまう。


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