次の日、俺に転機が訪れた。いや、転機というよりはハプニングに近いのだけど。

「ご、ごめんなさい」

大きな目を潤ませて、彼女はそう言って謝った。俺はぽたぽたと水の滴る袖を振りながら、 「いや、俺も飛び出して悪かったし」 なんて言ったような気がするけど、正確にはわからない。名字名前が、こんなに近くにいる。俺を見上げている。思考回路がショートしかけだ。

「あの、よかったらこれで」

拭いてください、と差し出された花柄のハンカチを受け取り、俺は機械的にそれで濡れた軍服を拭いた。中までじんわりと水が沁みてきて冷たい。彼女はしゃがみこんで割れた花瓶の欠片を拾っている。とても綺麗な白い指、怪我でもしたら大変だ。

「待てよ、俺が拾う」

しゃがみこむと、彼女は少し驚いたみたいで、俺の顔をまじまじと見つめてきた。その視線にどうも耐えきれそうになかった俺は早々に目を逸らして、ばらばらになった欠片を手のひらの上に集めた。

「ありがとうございます」

消え入りそうなくらい小さな声で、名字名前が言って、俺は胸がぎゅうと締め付けられるのを感じた。いい子だ、いい子なんだ、本当に。

「あの、さ。敬語、やめねえか。俺同級生だぜ」

下を向いて花瓶の欠片を拾いながら、勇気を出して言ってみた。彼女の表情はわからない。

「うん、でも私、バメルくんのこと尊敬してるから……」

俺がバッと顔を上げると、彼女はびくりと身体を強張らせた。俺の悪い癖だ、こうやって思わず顔を上げてしまうのは。でも、でも彼女に、名字名前に、尊敬してるだなんて言われたら、仕方がないと思う。

「……ありがたいけど、尊敬されるような男じゃねぇよ、俺は」
「えっ、そ、そんなことない!バメルくんはすごいよ。私、……ファンだもの」
「……え、」

ファン?
ファンってなんだったっけか?ミストレにキャーキャー言ってるあいつらみたいなものか?いやいやいや、あんな下品な女たちと名字名前が同類だなんて思いたくない。だとしたら何か、ほら、神聖なものだ、きっと。名字名前は俺の、ファン。だろ。


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