月明かりが射し込む部屋で、冷たい銃器を握り締め、俺の心は自己嫌悪で満たされていた。しくじった、という言葉が頭をよぎる度に、プライドは酷く傷つけられ、苛立ちは加速した。通信機はザーザーとノイズを発するばかりで、全く使い物にならない。後ろにいる少女はさっきまでとうって変わって何も言いやしないけれど、それは俺がはめた猿轡のせいで。目隠しをしている為、彼女の表情はよくわからない。泣いているのかもしれないと、なんとなくそう思った。

この部屋に閉じ込められてからもうニ時間はたっただろうか、俺は段々焦り始めた。どうしようもないのだ。部屋のロックはどうやっても開かないし、彼女も口を割らない。助けを求めようにも、彼女が暴れたとき通信機を落として壊してしまった。もしこの状態で、衛兵などに嗅ぎ付けられたら万事休すだ。彼女を縄で縛り付け、通報だけは食い止めたものの、防犯用のセキュリティは作動してしまったし、誰かが異変に気づけばそれで終わり。

俺に言い渡された、令嬢誘拐の任務はもちろん失敗だ。見事に抵抗されてこのザマ。折角この若さで中々の地位まで上り詰めたというのに、全てが台無しだ。あれもこれも全部この少女のせい――――、俺は小さく舌打ちをして、名字家の一人娘に目をやる。

「ホント、やってくれたよね」

五歳以上も年下の、まだあどけなさの残る少女に、この苛立ちをぶつけるなんてどうかしている。しかもこの子は実際には何の罪もないのだ。父親が企てている計画を阻止するため送り込まれた、ミストレーネという軍人に誘拐されかけて、咄嗟に防犯システムを作動させただけ。そう、いわゆる正当防衛だったのだ。

「何とか言ったら?怖いだろ、恐ろしいだろ、逃げ出したいだろ。何されるかなんてわかんないんだから、もっと怯えて泣けばいいのに。そしたら情けをかけてもらえるかもしれないだろ。それとも何?死にたいって言うの?いっそ殺して、みたいな、何気取り?そういうの腹立つんだけど」

銃口を彼女の額に押し付けた。殺そうと思ったらいつでも殺せる。それだけの力がある。凶器もある。引金をちょっと引けば、それだけで、この子の人生はお仕舞い。身動きは取れない、目は見えない、物は言えない、そのまんまで、銃声が一発聞こえたあと、次にあるのは死だ。年頃の女の子がここまで追い詰められて、怖くないはずがない。

「ねえ――――、」

殺すよ、と言いかけて、俺はやっと、彼女が喋れない状態であることに気がついた。そりゃ、これじゃあ命乞いしたくてもできないってもんだ。俺は小銃をホルダーにしまい、彼女の頭に手を回した。猿轡を取り去るとき、目隠しに使っていた黒いハンカチもほどけてしまい、彼女の素顔があらわになる。

「……嘘だろ」

すぅ、と小さく寝息をたて、彼女は眠っていた。俺は怒りも憎しみも忘れ、唖然とした。伏せられた睫毛は長く濃く、月明かりは彼女の肌の白さを際立たせる。――――綺麗。 ただその二文字だけが、空っぽになった頭に浮かんだ。俺に掴みかかられたとき、彼女の顔は恐怖に歪んでいたから、まさかこんなに―――、いや、だけどそんなことは関係ない。それよりもこの子が、この状況で呑気に眠りこけていることが問題だ。俺は懐からペンライトを取り出して、彼女の顔を照らした。突然光を浴びさせられた彼女はうう、と唸りながら身を捩る。 「起きなよ、お嬢さん」 寝てる場合じゃあないんだよ、わかってるの?

「う……?」

薄く開いた目に俺はどんな風に映っているだろう?王子?野獣?それとも助けに来たヒーロー?悪いけど全部外れだ。俺はどれでもない。

「おはよう、気分はどうだい?」

再び銃口を彼女の額に押し付け、俺は問う。彼女はしばらくぼうっとしていたが、やがて朱色の唇を開いて言葉を発する。

「水」

俺は目を見開く。

を下さいませんか」



20110227 mitsui



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