(前回のあらすじ:好きな女の子がとんだアバズレでした)


その日、朝から俺はすこぶる機嫌が悪かった。いつもしきりに話しかけてくる周りの奴らも俺がピリピリしているのを察してか、今日は何も言ってこない。怒り、というよりは、後悔に近い感情。一瞬でもあんな女を好きだなんて思った俺、消えてしまえ。人生の汚点だ。

クラスの女子グループがちらちらとこっちを見ているのが気にくわない。なんだ、俺を嘲笑ってんのか?エスカバくんがあの子にひっかかるなんてーってか?馬鹿野郎俺だってびっくりだよ。

「みょうじさん、この問題なんだけど……」

いくら避けようとしても、同じクラスだからイヤでも目につく、みょうじなまえの姿。下心丸見えの男子相手に小さく笑みを浮かべて対応している。みょうじなまえは教室で本性をばらす気はないらしく、昨日までと変わらずクラスのマドンナというポジションをキープし続けていた。 その女は獣だ、と叫んで、騙されている馬鹿な男どもに本当のことを教えてやりたかったけれど、清楚で可憐な彼女の中身が救護室で性交渉を迫るような変態女だなんて、誰も信じやしないだろう。それどころか俺が白い目で見られるはずだ。畜生あの女、俺がばらせやしないのをわかっててあんなことしたんだな。

「ここは103ページの公式を当てはめて、それから因数分解して……」

小鳥のさえずりのような、可愛らしい声。聞きたくないと思えば思うほどに、拡声器に拾われたかのごとく、俺の耳にまとわりつく。あいつは悪女、あいつは悪女、俺は被害者、そう被害者。王牙学園で過ごす残りの1年半ちょっとの間、俺はあいつと一切交流を持たないでいよう。話さず目を合わさず、そう、言うなれば空気のように。あと昨日のことは忘れよう。もうみょうじなまえと俺は無関係だ。というかむしろ昨日のアレは夢だ。俺は救護室になんか行ってない。

「そうか、わかったよ!ありがとう、さすがみょうじさん」
「どういたしまして。私なんかで良ければいつでも聞いてね」

みょうじの笑顔は、可愛い。それが他の男に向けられているのをこうやって見ているのは、なんだか面白くなかった。なんだよ、あいつ。昨日俺に見せた、あの卑猥な笑顔をしてみろよ。じゃないと俺、俺は、自分は特別なんじゃないかって、思ってしまう、から。


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にこにこ、という擬音がぴったりな表情の彼女を見て、俺は思わず身構えて数歩後ずさった。 「な、なななな、なん、何の用だよ!」 みっともなく裏返った声は俺のもの。 「エスカくんと一緒に帰りたいなあと思って」 少し恥じらうように頬を赤らめて言うのはみょうじなまえその人。俺の頭の中ではウーウーと警報が鳴り響いている。ここは、危険だ。本能的に察知した。逃げなければ、今すぐにでも。

「あれ、エスカくん、靴履き替えずに帰るの?」
「寄るな!俺にこれ以上近づくな、近づいたら殴る、容赦なんかしねえぞ!」
「えー女の子本気で殴るの?酷い男ねエスカくん」

お前には言われたくない!と心の中では叫びまくれるのに、唇からは うっ だの くっ だのと、苦しそうな音が漏れるばかりで。 「はい、落ちてるよこれ」 みょうじが拾い上げて差し出したのは白いファンシー封筒。急に声をかけられ狼狽えた俺が取り落としたものだ。

「手渡すな、そこに置け、自分で取る」
「やだ、なんでそんなに警戒してるの?なんにもしないよ、私」

エスカくんって変わってるね、なんて言って、みょうじは元通り封筒を俺のロッカーに入れようとして、 「……んん?」 ぴたりと手をとめた。

「よく見たらこれ、ラブレターじゃない」
「はあ?……いや、いやねーよ今時そんな古風な」
「いいえ私わかるもの。これ、女の子のニオイがする」
「んなもんわかるわけねえだろ!」
「あら、わかるよ、私女の子だーいっきらいだもの。これに触れてるとなんだか苛々するわ、だから間違いない」
「根拠もクソもね、っておい、何する気だよお前は!」
「え、破くんだけど」

白い封筒に手をかけたみょうじを慌てて制止する。手首を掴み、細い指から封筒を奪い取ると、何故かみょうじは嬉しそうに笑った。俺はその笑顔に鳥肌が立つのを感じた。だめだ、この女に敵う気がしない。この俺が、完全に押されている。

「ラブレターなんて嘘だよ。それ、上からの指令書。可愛い封筒に入ってるのは、一般の生徒にばれないようにするためのカモフラージュね、きっと」

淡々と言うみょうじは悪びれた様子など微塵もなく、俺は血の気が失せるくらいだった。今ここにいるのは、同じクラスのみょうじなまえではない。昨日救護室にいた、あのみょうじなまえだ。俺が言葉も出ないでいると、みょうじは何故か愛しそうに目を細めて、視線を落とす。何を見ているのだろうかと思いその視線を辿ると、みょうじの手首を掴んだままの俺の手。 「うおっ」 自分で自分の行動に驚いて ばっと手を離す。くそ、関わらないつもりが、まさかこんなことになるなんて。胃がきりきりと痛み始めたとき、 「手のひら、大きいね」 恍惚なため息と共に、みょうじが呟く。

「えへへ、やっぱりエスカくんって素敵だなあ」

これがもし、彼女の本性を知る前ならどれくらい嬉しかっただろう、俺。目の前で微笑んでいる彼女はこんなにも可愛いというのに、まったくもって皮肉なものだ。



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