嫌なら断ればいいのに。私がそう言うと、バダップはどこかばつの悪そうな顔をしてそっぽを向いてしまう。まったく意地っ張りな男だ。素直に本当のことを言えば済むことを、しょーもないプライドに邪魔されて今日も口に出せないでいる。上からの信頼にこたえたいんだろうけど、嫌なら嫌とはっきり言わなければ、いつまでもこのまんま、何も変わらないことはわかっているだろうに。

「あんたが私を嫌いなのは知ってんのよ」

そんなあからさまに不機嫌な顔されたら、いくら温厚で平和主義で海みたいに心の広いこの私でも苛々してくるってもんだ。仏の顔も三度までーなんていう言葉もあるなか、もう十度近く我慢してやってるのに、こいつはいつまでたっても煮え切らないでいる。そろそろ私が爆発しそうだ。大体上も上だ、薄々私たちの仲の悪さに気付いてもいい頃じゃないの? それとも全部わかってて尚組ませてる?確かに私とバダップが組んだ任務の達成率はどこよりずば抜けて高いけれど、こんなペラペラの信頼関係、仲間割れも時間の問題なのにね。

「目標捕捉。……今から向かいます」

懐から引き抜いた銃はもう私の手によく馴染んでいて、それがなんだか逆にちょっと悲しくもある。なんていうか、ここまで来ちゃったなという感じ。元々軍人になるのを望んだのは私自身なわけだけど、こうやってリアルな任務に取り組んでいると、ほんとにこれでよかったのか不安になって来ちゃったりもする。非日常を求めた一時的な衝動、ってのもなかったとは言い切れない。誰でもかっこつけてみたいもんだ。私もそんなクチ。みんなと同じ中学に行って、同じように勉強して、って、そういうのが嫌だった。私はみんなとは違うんだって思っていたかった。そしたら望み通り、軍人になれる才能を見出だされたのだけど。……バダップはどうだったんだろう? マンガみたいに完璧超優秀なバダップは王牙学園でも誰もに一目置かれる存在だけど、私みたいに悩んだり迷ったりするのかな。一瞬聞いてみたいと思った、でもすぐに自分はこの男に嫌われてるんだということを思い出した。そういやなんで嫌われてるんだったっけな。なんとなく? バダップは相変わらず私を見ようともしないし、任務中は喋りもしないし。私もバダップなんか好きでもなんでもないから別にそれはいいし今更気にしてないけど、時折 はあ、と物憂げなため息をつかれるから私のストレスは溜まる一方なのである。


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「素晴らしい」

私の射撃訓練の結果を見て、教官は手を叩きながら称賛の声を上げた。私は防護グラスを外し、撃ち抜いた的に目をやる。板に印刷された人の形の、左胸の部分に空いた無数の穴。玩具なんかじゃない、ホンモノの銃で撃ち抜かれた、穴。戦場なら、あれは人間で、だとしたらもう死んでる。寒気がした私はハンドガンを台に置いて、教官に声を掛けた。

気分が悪い、そう言ったら、救護室で休めと返されたので、私は頭を下げ訓練所を出た。あながち嘘じゃない、本当にちょっと吐き気がした。あんな訓練のように私は人を撃つことになるんだろうか。これが私の望んだ道か。最初は軽い気持ちだった。銃を渡されて、あの的に当てろって言うから、縁日の射的をするみたいな気分で、一発。そしたらそれが板の頭の部分をぶち抜いて、自分でもびっくりした。コルク弾とはまるで違う、鉛特有の重さに酔った私は馬鹿みたいに撃って撃って、射撃訓練でバダップを抜いて一番になったときはそりゃあ嬉しかった。私はすごいんだって思った。ペーパーテストの方は頑張って平均くらいだったけど。

終業を告げるチャイムが鳴ったとき、私の足は救護室ではなく、教官室に向かっていた。 こんな学校、やめてしまおう。 漠然とそんな思いを抱えて歩いた。あんな所に行っちゃダメ、1年半前母さんはそう言って泣きながら私を止めてくれた、でもなんでちゃんと言うことを聞かなかったんだろう。

『重要な任務だ』

教官室の隣、司令室の半開きになった扉から、機械を通した声が聞こえた。私は伸ばしかけていた手を引っ込め、そっと司令室の中を覗いた。

『お前一人で向かわすのは少々危険かもしれん。誰かもう一人共に行かせよう』

見慣れた銀の髪。私は無意識に唇を噛み締めた。バダップがまた任務をもらっている。私は退学を申し出に来たというのに、少しばかり嫉妬していた。バダップには負けたくないという気持ちがあったのだ。彼は私にとって、仲間でありライバルである。当の本人はそんなこと思ったこともないだろうけれど。

「ではいつも通り、名字名前を」

突然聞き覚えのある名前が飛び出して、私は思わず小さく声を上げてしまった。幸い、パネルの向こう側にいる人物との会話に集中しているバダップは私に気付いてはいないみたい。

『お前はあの生徒をえらく気に入っているようだな。……まあいい、では彼女にも伝えておこう。もう下がって構わない』
「はっ」

バダップがびっ、と敬礼のポーズをとるのを見た瞬間、私は踵を返して、もと来た廊下を走って戻った。いましがた起きた出来事をちゃんと把握出来ない。 ……いつも通り、私を? つまり、何だ、バダップはいつも自分から私を任務のパートナーに指名していたということ?いやいやそんなわけない、何でわざわざ嫌いなやつと組みたがるのよ。成績がいいから?うん、きっとそう、私たち仲の悪さと成績の良さはピカイチだもん。どれだけ気が合わない相手でも、組めば任務が早く済むから、だから、それだけだよね。

そんなことをぐるぐると考えていたら、校内放送がかかった。名字名前、と私の名前が呼ばれた。ついさっきバダップが指名したおかげで、任務のご通達だ。意を決して、またくるりと向きを変え、もう一度司令室に向かう。少し歩くと、前方から褐色の肌をした男が向かってくるのが見えた。 途端に複雑な気持ちになった。一体何を考えているんだろう、バダップって。すれ違いざま、思いっきり視線を送ってみたのに、バダップはまったくと言っていいほど反応がなく(というより無視された)、私はもやもやした心を抱えたまんま、司令室に足を踏み入れた。

『あくまでも補佐だが、お前にしか出来ない任務だ。やれるな?』
「……はい」
『よろしい。では下がれ』
「あ、あの、一つ伺っても宜しいでしょうか?」
『何だ。言ってみよ』

つばを飲み込んだら、ごくりと喉が鳴ってしまい、少し情けなく思った。私、すごく馬鹿げたことを聞こうとしている。こんなこと、本当は聞くべきじゃない、……でも、真実が知りたい。

「何故いつも、私とバダップを同じ任務につかせるのですか。任務を与えて頂けるのは光栄に思いますが、バダップと組ませるなら、私よりもっと適任がいるはずです。私は―――射撃は出来ても、それ以外は並以下で……到底彼には釣り合わないと自負しているのですが」

私の言葉を聞いた長官はしばらく黙っていた。そして、やがて重い口が開かれたとき、私は再度耳を疑った。

『バダップ・スリードが自ら君と組みたいと志願するので、その意向に委ねている。二人での任務の成績は目を見張るものがある上、中々に馬が合うと見ている。こちらでは問題はないと判断しているが、何か気に食わない所があるか?』
「……、いえ、ありません。出すぎた質問失礼致しました」
『構わん。君は優秀な人材だ。今回の任務も期待している。これからも何かあれば直ちに報告するように』
「……有り難きお言葉です」

あーあ、学校をやめたい、なんて、当分は言えなくなってしまった。あまりの信頼ぶりに私は目眩すら覚える。なに、私って優等生に見えるわけ?そんなことないよね、だってテストの点数は良くないもん。士官学校というだけあって、実技の方を高く評価するのかな。なんにせよ、あちらさんにとって私は、バダップと組ませても申し分ない生徒らしい。こうなったらバダップ本人から直接聞き出さねばと思った。



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