俺は19歳の大学生で、同じ部屋に住む名前は1つ上の20歳のフリーターだった。出会いは運命的でもなんでもなく、1年前のくそ寒い真冬の夜に公園のベンチに座っていた名前に俺の投げたコーヒーの缶が当たってしまい、たんこぶができたとかで慰謝料を請求され、当時金に困っていた俺は代わりに半ホームレスの彼女を一晩泊めてやることにしたのである。それ以来この部屋にいついてしまった彼女は料理はおろか洗濯物すらろくに畳めないような役立たずな女で、俺は何度も何度も彼女を煩わしく思い、幾度となく出ていけと言い放った。するとぽかんとした彼女がいつも言う言葉がこれである。

「わたしの家はここだもん」

ならばせめて家賃を半分払えと言いたいのだが、基本的にトロい性格の名前を雇うほどのんきな仕事場はなかったため、優しい優しい男略して優男の俺は我慢に我慢を重ねてきた、……のだが。

昨晩のことだ。俺が念入りにアイロンをかけたYシャツに、泥酔した名前が思いっきり吐いた。俺は頭にかっと血がのぼるのを感じ、次の瞬間には彼女を家の外に放り出していた。

「二度と帰ってくんな」

そう言うのははじめてではなかった。前にも何度か彼女を締め出したことがある。でも必ず3日後くらいには勝手に部屋に上がり込んで俺の布団ですやすやと寝息をたてているのだ。その度に俺は合鍵を没収するのを忘れていた自分を叱咤するのだが、今回はちゃんと彼女の服のポケットから合鍵を抜き取った。でもなんとなく、心のどこかで、名前はどうせ帰ってくるだろうと思った。あいつは俺以外に頼れるやつなんていないのだから。

「はる、」

名前の鼻先でぴしゃりとドアを閉めて、俺はずかずかと部屋の奥に戻った。いい機会だ、せいせいした。使い物にならなくなったYシャツをコンビニのビニール袋に入れて捨てて、ああそれならと思ってこの部屋に蔓延る名前の持ち物をでかいゴミ袋の中に集めはじめた。ゲーセンでとってきた大量のぬいぐるみや、使うっていうから捨てずにいたお菓子の箱、電気泥棒と言ってしまいたいくらいたくさんの名前の電化製品、ホットカーラーとかドライヤーとか2回くらいしか使われてない電気アロマポットとか、そういうのをすべて見境なく袋のなかにぶちこんだ。ゴミ袋1枚じゃ足りなくて、舌打ちをして2枚めを広げた。俺のものより名前のものの方が多いんじゃないだろうかと思った。名前が珍しく長いこと使っていた鏡を握りしめ、俺は顔をしかめた。これは捨てないでおくべきか?――――いや、何を躊躇っているんだ、俺は。要らない。名前のものなんて要らない、全部要らない。あいつをこの部屋に入れるなんてことはもう絶対ない、というかあってはならないし、あいつのものを置いておくべきじゃない。俺は鏡をゴミ袋の奥に押し込んで、ふうとため息をついた。おさらばだ。あの優しかった男略して優男な俺ともおさらばだ。二度とあんな女に優しくしない。過ちだ、南雲晴矢人生の過ちなんだあれは。

捨てても捨てても出てくる名前のものに段々嫌気がさしてきた俺はゴミ袋を放置して布団にダイブした。すぐ下が畳なので結構痛かったがそれがどうした。今日からはこの布団をひとりで広々と使える。隣にあいつがいないので寝返りもうち放題だ。なんて幸せなんだ。

ふと思い立ってそろりと静かに玄関に向かった。ドアにぴったりはりついて外の音を聞いてみるけれど、こんな安い賃貸アパートの前、大した音源はなくて、覗き穴から目をこらしてもなんてことない錆びた金属の柵だけが見えて、あ、名前のやつどっか行ったんだな、と思ってちょっと心配になった。いやいやなんでだ。せいせいした。安心した。ドアの前にいたらどうしようと思ってた。

「ふん、馬鹿が」

以前何度も名前を追い出したことのある俺は、口ではきつく言いながらも優しかったのだ。夜、コンビニに飯を買いにいくとき、必ず鍵を開けっ放しにしていた。そうしたら案の定、あいつは鼻をすすりながら帰ってきていて、 ごめんなさい、と嘘か本当かわからない言葉を呟いて。優男だった俺は 次は許さねえとか言いながら毎回まいかいあいつに甘かったわけだが、今回はそんな情けはなしだ。たとえ5分の距離でも鍵をかける。断固侵入拒否だ。もしこれでも入ってきてたあかつきには110番通報。不法侵入罪で現行犯逮捕。ざまあ。フリーターのあいつは刑務所入りを逃れるほどの金は持ってないだろう。

明日から、俺の素敵な一人暮らし再開だ。あいつのものを全部ゴミ収集車が持ってってくれたら、友達も呼べるようになるし、好きなものも好きなところに置けるようになるし、もう何も気兼ねせずに済むのだ。だいたい俺と名前の関係ははじまり方からしておかしかった。冷静に考えたら、空の缶ごときが頭に当たったくらいで慰謝料を請求されるなんてめちゃくちゃだ。念願だった一人暮らしをはじめて間もなかったのに、まったくあいつのせいで計画は全部崩れてった。こつこつ貯めてたペットボトル貯金がある日突然消えてなくなっていたときはほんと殺してやろうかと思った。返せ俺のワイキキ。

枕に顔を埋めたら、名前のシャンプーの匂いがして、大変不愉快な気持ちになった。あいつが俺の給料で買った髪にいいシャンプーとリンスはまだ半分くらい浴室に残っている。俺に女物を使う趣味はないので、あれは今以上減ることはないだろう。高いので気がひけるが捨てるしかない。くそっ、あれもこれも全部名前のせいだ。名前が悪い。苛々しながら仰向けになったら、何故か名前をはじめて抱いたときの記憶が蘇ってきた。晴矢、晴矢ってうるせーくらい俺の名前呼んで、背中に爪を立てるのがなんだかいじらしくて、あー、してるときだけはこいつ可愛いかも、って、思って。恋愛感情なんてのはまるでない、ほんとに身体だけの行為だったけど、あれは気持ちよかった。今思えば、晴矢ならいいよ、なんて言って俺を受け入れたあいつはもしかしたら、俺のことが好きだったんだろうか。まあ仮にそうだったとして、 だから? って感じなんだけど。別に名前以外にも女はいるし。 なんてちょっと遊び人のようなことを思ってみたところ自分で自分が気持ち悪くなったので、俺って結局根が真面目なんだろうなと思った。

「名前」

そういえば俺、あいつの名字知らねーな。かれこれ1年も面倒見てやったのに、そんなことも知らない仲って、俺たち一体なんだったんだろう。大学生とヒモ? そんな感じだな、最悪だ。

「さいあくだ」

声に出したら、虚しさが増したような気がした。ストレス要因は取り除いたというのに、前より苛々してるってどういうことだ。俺は雑念を払うように薄い毛布にくるまって目を閉じた。



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