突然の強い風にさらわれた帽子を追いかけていると、後ろから私を追い越して軽々と飛び跳ねながらその帽子をとってくれた女の子がいた。その女の子は振り向いて手元にある帽子を私に渡す。 「ナイスキャッチ、ミカサ」 「ナマエは不用心なところがある。気を付けて」 表情が変わらないので怒っているようにも見えるが心配しているのだろう。腰をかがめてつむじをミカサのほうにむけるともう飛ばされないようにと深く帽子をかぶせてくれた。 「ありがとう」そう言うとミカサは微笑む。おつかいの帰りであろうミカサの、荷物を持っていないほうの手をとって送っていくことにした。荷物も持とうとしたのだがナマエより私のほうが力があると言われて渡してくれなかった。手を繋ぎながら今日はちょっと肌寒いねえと他愛もないことを話す。 今でこそミカサと2人で自然に会話ができるが出会った当初、私はたぶんこの子に嫌われていた。極力私に会うことを避けていたしにらまれることだってあったからだ。そのたびに落ち込んでいたのだがよく見てみるとミカサはエレンと私が話している時によくにらんでいるという事に気づいた。もしかしてこの子はエレンが好きで嫉妬心からこんな態度をとるのでは、と思うと私をにらむミカサがすごく可愛く見えたのだった。 ミカサがにらむ、私がにやにやする、ミカサがさらににらむ、私がなでなでするというパターンをくり返しているといつのまにかミカサが話しかけてくれることも多くなった。 「ナマエもうちで夕飯を食べていくといい、エレンも喜ぶから」 今では私がエレンと話してもミカサは気にしないようだ。(でも過剰なスキンシップをすると怒る) 歩いていると途中でハンネスさんに会って、自分だと枯らしてしまうからと花の種を頂いた。お酒飲み友達からもらったものらしいのだがなんでも「俺みたいな可愛いピンク色の花が咲くらしいぞがはは」らしい。つっこみ待ちしていたハンネスさんをミカサと一緒に可哀想な目で見ておいた。 「お花が咲いたらさあ、いっぱい増やしてお花の冠つくろうね」 「お花のかんむり?」 作ったことがないのであろうミカサはお花の冠が分からなくてじっとこちらを見ている。こんなのだよと地面に絵を描いて説明してみたけれどますます分からなくなったようだ。私が描いた絵を見たミカサはさっきハンネスさんに向けたのと同じ目をしていた。「ミカサがお花の冠つけたらエレンも可愛いって言ってくれるよ」耳元に口を寄せて小さい声で言うと桃色のほっぺになったミカサが繋いでる手に力をこめてきた。い、痛い。 家に着くと私を見たエレンが勢いよく抱き付いてきたのでミカサににらまれ、そんなミカサに抱き付くと今度はエレンににらまれた。 朝起きると窓から見えたどしゃぶりの雨と人も吹き飛ばされそうなほどの風にはっとして外に飛び出す。なぜなら庭に埋めた、以前もらった花の種からようやく小さな芽が出たばかりだったからだ。 ミカサと一緒にお花の冠をつくってエレンに褒めてもらう作戦を成功させるためにもこれを死守しなければならないと走りながら決意するもむなしく、庭は荒れていて芽はなくなっていた。 きっと私が起きる前から長時間暴風雨にさらされていたのだろう。夜中のうちに気づいていればなあと嵐の中棒立ちになっていると遠くからこちらに向かって走ってくるミカサが見えた。 ぎょっとしてうちに来た理由を聞くと、芽が心配でうちに来たのだという。 目の前の彼女に私は何と言ったらいいのか分からなくて黙ってしまうと、私と周りの光景を見て理解したのかミカサはうつむいてしまった。 傘も持っていないミカサをこのまま外においておけないと思いとりあえず家の中へと避難させ、大きなタオルでびしょびしょになった髪の毛をふいてあげる。 「ごめんね、ミカサ。嵐だって気づいたのが遅くて」 「ナマエは悪くない」 ぽつりとそう言うとミカサはそばに置いておいたもう1枚のタオルをとって私の頭にかぶせてふき始めた。ぽたぽたと私達から落ちる水滴の音と窓を叩きつける風と雨の音が響く。 「お花の冠つくって、エレンに見せたかったのにね」 私の頭で動いていた手がぴたっと止まり、目をまんまるにしてるミカサがタオルの隙間から見えた。それと同時に何か変なことを言ってしまったかと不安になって私も手を止めてミカサを見ていると私は、と話始める小さな声が聞こえた。 「芽が出たときナマエがとても嬉しそうだったから、花が咲いたらもっと喜ぶかと思った」 花が咲いてナマエの喜ぶ顔を見るのが楽しみだった、平然とそう言うと今度は濡れた私の洋服をふき始める。 放たれた意外な言葉を受けて私はじいっとミカサを見た。視線を感じたのかこちらを見た途端、ミカサは驚いた顔をして私の頬に手を伸ばした。ふいたはずなのに頬を触ったミカサの手は濡れていた。 「ナマエ、けがでもしたの」 ぺたぺたと触りながら私の体を確認し出すミカサを見ながらも涙は頬をつたっていった。 「ミカサが言ってくれた言葉がうれしくて」 伝えると私の顔をまじまじと見て、ナマエが泣いてるところを初めて見たと言われた。 せっかく出てきてくれた芽がなくなってしまって悲しいのとミカサが私のことを思って嵐の中ここまで来てくれたことが嬉しい感情が混ざり合って意図せず泣いてしまったのだが、かがんで目の前の少女のつやつやな黒い髪の毛を丁寧にふく、涙をぽろぽろ流している私をミカサは穏やかな表情で見つめていた。なんだか私はミカサには甘えてしまうみたいだ。 「お花の冠、今度作り方教えてほしい」 「じゃあお花がたくさんあるところ、みんなで探しに行こっか」 「花をたくさん見つけても、嬉しくて泣かないで」 冷えた体を湯船で温めながら、2人で向かい合う。落ち着いたらミカサの前で泣いてしまったことが恥ずかしくなってきてさっきのみんなには内緒ね?と頼んでおく。「私とナマエだけの秘密にしておこう」と微笑んだミカサは、お花の冠もないのにどこかのお姫様よりずっと綺麗に見えた。 140109 ちっぽけなぼくの心臓、きみはきっと笑う |