03 ジャンがわたしに告白したという噂はあっという間に広がって、訓練兵団の中にこの事を知らない人はもはやいなかった。 「あんまり気にしないほうがいいよ」 「アルミイィン」 ジャンとの喧嘩が始まると主にコニー辺りがでかい声でからかってくるため、わたしはジャンが1番近寄ってこないであろうエレンの近くにいるようになった。今までは特定の人といつも一緒にいるっていうのはなくて、その時近くにいた人と教室移動とか食事はしてたんだけどね。 「わたしなんかが成績優秀なあなた方と行動を共にしてすいません」 「何キャラだよ。ナマエもアルミンに勉強教えてもらえば座学くらいは成績上がるんじゃねーの?」 「時々うるさくするのを控えてくれればナマエと一緒にいるのは別に苦じゃない」 部外者が入ってくるのを嫌うかと思ったら全くそんな事はないらしくわたしが一緒にいても3人は普段通りに会話していた。夕食後、談話室でノートを開いて今日の授業の復習をしていると後ろからこちらに近づいてくる足音が聞こえた。 「ナマエ、ちょっと来てもらっていいかな」 振り向くとマルコが控えめな笑顔で後ろに立っていた。何の用かを聞くと「いやジャンが呼んでて」と返ってきたのでマルコには悪いがうへえ、と唸ってしまった。 「ジャンと喋りたくないんだけど、みんなにからかわれるの嫌だし」 「まあジャンもそれは悪いと思ってるみたいでさ、自分では話しかけないで僕に頼んできたし」 「マルコはくそジャンの言うことを聞くなんていい人だね」 「僕も2人は1回ちゃんと話したほうがいいと思うんだ」 外は今人がいないしジャンもそこで待ってるから、とマルコに真面目に言われると断りづらい。わたしもジャンには色々と聞きたい事もあったのでそちらへ向かう事にした。 「わかった。マルコありがとー」 「行くのかよ、ナマエ」 「わたしは行くよ」 席を立つとエレンが怪訝な顔で見てきた。そういえば前にエレンの方が好きだしと軽い気持ちで言ってからなんか妙につっかかってくるんだよね。保護者気取りか何かなのだろうか。談話室の扉に手をかけるとわたし達の話に聞き耳を立てていたクリスタが傍に来て親指をグッとたてて「夜帰ってこなくても皆には上手く誤魔化しておいてあげるから」と天使な笑顔でまた何か勘違いしていた。 生ぬるい風を感じながら周りを見渡すと数メートル先にジャンが座っているのが見えてそちらへ近寄る。思い返してみると告白された時と同じ場所だった。その時の光景がよみがえってきて意図せず鳥肌がたつ。 「んな所で何つっ立ってんだよ」 「出た!」 「見えてただろアホ」 何こいつ、やっぱりわたしの事好きだとは思えない。むすっとしているとまあ座れよ、という声に前と同じよう距離をとって隣に座る。不機嫌な私を特に気にもしていない様子でジャンはぼうっと前を見ていた。 「悪かった」 「え」 「なんつーか、迷惑かけて」 今まで数多くの喧嘩をしても絶対に謝らなかったジャンが謝っている。その事にびっくりして言おうとしていた多くの文句もひっこんでしまった。周りが暗いのと頬杖をついている手のせいで顔の表情はよく見えないが本当に反省しているのだろう。責める事もできるがからかわれて嫌な思いをしているのはジャンも一緒だし、という思いもでてきて「いや別に…」と口にした。 「ていうか、ジャンってミカサが好きなんじゃなかったの」 どう考えてもわたしの事好きっていうか、反対に嫌いだろと思う。1番言いたかった疑問を口にして隣を見るとジャンと目が合った。少し顔が赤くなった彼を見てこっちまでどぎまぎしてしまう。 「ミカサの事は、まあ、好きだ」 「じゃあなんでわたしに告白なんかしたんだよ」 「ミカサへの気持ちは憧れのほうが強い」 そこまで言って、ジャンは何かを考えるように黙った。わたしに告白したのは罰ゲームだったとか気の迷いとか言うんだろうか。そのほうがこっちも気が楽だけど。 「お前って成績悪いだろ」 「は?」 何を言い出すかと思ったらいきなり失礼な発言をされたので隣を睨み付ける。 「俺は憲兵団に入って内地に行く予定だけど、お前は違うだろ」 「そうですね。成績悪いですからね」 「ここ卒業したらもう会えないだろ、たぶん」 その言葉にどきりとしてジャンのほうを見た。暗い中でも目が慣れてきていてジャンもこっちをじっと見ているのが分かった。 「卒業した後の事を考えたら、見るたびに腹が立ったお前の顔を見てもべつに何とも思わなくなった。本っ当にたまにだけどお前って的を得た事も言うし。見かけると思わず嫌味言っちゃうけどまあ他に話しかける方法が分からないだけっつーか…」 「何が言いたいの」 「ミカサへの気持ちとナマエへの気持ちは何か違うって事だよ」 意味わかんないと呟くとああそういえばお前馬鹿だったと返ってきた。 「まあこのまま話せなくなるくらいだったら、この間言ったことは取り消していいから」 「取り消さなくて、いいから」 ジャンがこっちを見たまま固まっていた。わたしはきっとジャンが私に告白してきた時みたいに真っ赤な顔をしているだろう。 お、おう…と彼の応答する声が聞こえてわたしは立ち上がる。ズボンについていた芝生の葉っぱがぱらぱら落ちた。 じゃあ、と女子部屋に向かうと距離が離れてもジャンがずっとこっちを見ている気がした。そういえば喧嘩じゃない普通の会話したのって初めてかもしれない。 まだ女子部屋にはアニしかいなくて、寝ているようだったので物音を立てないよう静かに布団にもぐりこんだ。 訓練兵を卒業したらジャンと喧嘩どころか顔を見ることもなくなるんだと思うと何故か寂しいような気持ちがいっぱいになって、皆が来て寝静まってもその事が頭を離れなくてずっと起きていた。 140109 |