呼吸 | ナノ


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その日はちょっとした事件だった。

訓練が終わって食事も済みお風呂にも入り、女子部屋の皆がごろごろしていた時。(サシャは気づくといなかったので、たぶん食堂を漁っているか貯蔵庫に忍び込んでいる)いつもフランツとらぶらぶしているハンナが泣きながら部屋に入ってきたのだ。
それを見た女子達は何事かとその周りに集まったのだが、ハンナから「フランツが…」という言葉が出てくるとなんだいつもの事か、とすぐさま解散した。
ハンナの隣で背中をさするクリスタのみが残る。わたしはミカサのベッドで彼女と一緒に筋トレをしていた。

「フランツが、さっき医務室にいた巨乳な看護兵の胸を凝視してたの…」

演習中に足を捻ったハンナが、フランツに抱えられて医務室へ向かうところまでは皆見ていた。帰りが遅いと思ったら、たぶんその事で喧嘩していたのだろう。フランツあわれなり。ミーナ他訓練兵女子達はこの世のカップル全員食われろ、と物騒なセリフを言いながら壁に向かって枕を投げつけている。慰めているクリスタを見ていたユミルから「ちっ、私も彼氏作るか」と聞こえてきたので思わず突っ込んでしまった。

「ユミルが?ははは」

「おいナマエ。女はな、相手を選ばなけりゃいくらでも関係なんか作れるんだよ」

それはどういう事かと聞こうとしたら、ミカサに次は腹筋、と促されたので聞けなかった。そういえば実際には違ったみたいだけどジャンがミカサの事を好きだって思ってから、ミカサの筋肉だけじゃなくて、さらさらの髪の毛とかすべすべの肌とかどうやったらそんな美しくなるんだろうって羨ましいんだよねー。でもきっとミカサはスキンケアとか本当に何もしてないんだろうな。はあ。生まれつきってやつか、神様って残酷。
おもむろにミカサに抱き付いたらふわっと髪を撫でられたのでわたしの心はきゅんと、ときめく。ジャンが動揺する気持ちが分かったかもしれない…。

「ねえ、ナマエ。きっとハンナは見間違いをしたんだよね?」

「………。…えっ、わたし?えっ」

ミカサのベッドに、クリスタに続きハンナが乗り込んできてそんな事を言われるものだからびっくりする。ついでにユミルまで入ってきたからぎゅうぎゅうだ。しょうがないミカサの膝の上に座る事にしよう。

「そうだよ、恋愛の話といえばナマエでしょ?ジャンとくっつくのも、もう秒読みでしょ?ねえナマエ、ねえ」

「えっへ、何言ってんのかなあクリスタは。そして興奮しすぎだよ。あ、そういえばクリスタ、ライナーには近づかないほうがいいよ。」

「あぁ、それには私も同感だ。ライナーには近づくなよクリスタ。他の男達にもな」

「えっ?うん、よく分からないけど…。でね、ハンナの事なんだけど」

さりげにライナーへの忠告をしておいた。大した事はされていない気もするが、まあいいのだ。ライナーへの恨みは思いついた時にちゃんと広めておかなければ。
しめしめと企んでいると、ハンナに「ちゃんとに聞いてよ!」と怒られる。そうは言ってもフランツが巨乳を凝視してたなんて話に、どう答えろと。ミカサは既にわたしの肩に突っ伏して寝ていた。

「ナマエならこの気持ちわかるでしょ?フランツったら許せない…」

「ううん、分かるような分からないような…」

目線を彷徨わせると、部屋から出て行こうとするアニと目があった。珍しく他人の会話を聞いていたのだろうか、ふっと笑われたような気がする。どこに行くのかと聞いたらトイレと返ってきた。あ、ごめん…。

「これ、今まで聞いたくだらない相談事第1位に入るな。ちなみに第2位はフランツが初めて手を繋いだ記念日を忘れてたってやつな」

あははとユミルの言葉に笑っていると、わあっと顔を覆って再びハンナが泣き出した。ユミルとナマエ!とぷりぷりクリスタが怒っている。その声にミカサが起きて「ナマエ、重い」と呟くので膝から降りながらわたしも泣きたくなった。
きっとハンナとフランツの事は、心配する必要はないのだ。今まで何度も痴話喧嘩をしている二人だが、気が付くと自然に仲直りをしている。馬鹿夫婦と言われているのも頷ける。


コンコン、ノックの音が聞こえて、傍にいた子が扉を開けた。
現れたフランツに、ハンナがはっと顔を上げてかけ寄る。後ろにはアルミンとマルコがいた。この2人もフランツからの相談に乗ってあげていたのだろう、げんなりとしている…。しかしアルミンとマルコは、女であるわたし達よりもしっかりとしたアドバイスができそうだ。
ごめん、とハンナに向かって真剣に謝るフランツに、ハンナは目を潤ませたままじっとしていた。ごくり…とクリスタだけがその様子を心配そうに見守っている。

「許してあげてよハンナ。僕等は今、第二次性徴真っ只中なんだ。フランツが巨乳を凝視してしまったのは健全な男子なら当然の事なんだ」

言っている事はその通りなのだが、そう解説されるとなんか嫌だなと口を開いたマルコを見て思った。アルミンは恥ずかしいのかそわそわしている。

「…そうね、ごめんなさいフランツ。私、心が狭かったわ」

「いいんだ、ハンナは何も悪くないんだから」

涙ぐみながら拍手を送るクリスタを背に、ハンナとフランツは抱き合いながらお互いに謝り、甘い言葉を囁きだした。そんな2人を見てミーナ他訓練兵女子達は外でやれ!と唸りながら床に転げまわる。女子ならぬ行動に、アルミンは怯えていた。トイレから帰ってきたアニは通りすがりに「いつもの事だよ」と動じず布団にもぐりこんだので、アルミンは思い描いていた女の子像との差に頭を抱え出す。

「さあて、わたしもそろそろ寝ようかなあ」

「ナマエ、まだ筋トレが終わってない」

いーち、にー、とスクワットをし始めたわたしとミカサを見て、アルミンは「2人はいつも通りだね」とどこかほっとしたようだった。これで安心するのもどうかと思うけれども。これはジャンとナマエが付き合ったら大変そうだなあ、僕がフォローしてあげなければ…というマルコの心情はつゆ知らず。今日も夜は更けていくのであった。


140217

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テーマ「人外ファンタジー」
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