呼吸 | ナノ


12


「おい、さっきやりすぎだったんじゃねえの」

ちらっと目をやると、初めて声をかけられたのではないかという人物が後ろにいた。そういえば彼は以前食堂で、ナマエに告白したとか騒がれていた。別段興味も無かったのだが、あの騒ぎ様では聞こうと思わなくても耳に入ってくる。他人に興味のない私でも知っているくらいだから訓練兵全員が彼の気持ちを知っているのだろう。

「何の事?」

「だから、ナマエを大男と同じように投げ飛ばしてんじゃねえよ」

「ふうん。ナマエの彼氏にでもなったつもり?」

そう言ってやったら「な訳ねえだろ!」と大げさに反応して、傍にいたマルコがまあまあ、と宥める。いつも大変だね、あんたも。そのまま2人は私の横を通り過ぎようとしていたので一声かけて引き止めた。

「あんたってナマエに告白した後、何か変な事言った?」

「知るか」

ジャンはスタスタと、宿舎の方へ歩いて行ってしまった。かすかに顔を赤らめている。答えないなら別にいいやと思ったのだけれど、その反応は何かしらあったのだろう。
何故こんな事を聞いたかというと、夜ベッドでぼんやりしていたら珍しくナマエが1人、静かに部屋に入ってきた日があったからだ。寝たような気配もなかったし、何かしら悩んでいたようだった。様子がおかしかったのはそのせいか。

1人納得して足を進めると、置いてきぼりにされていたマルコが私のほうを見ていた。目が合うと何故かごめんね、と謝られる。彼はジャンの保護者か何かなのか。

「今ナマエにそっけない態度をとられていて、機嫌が悪いんだジャン」

ナマエのジャンに対する態度は、元々良くなかったと思うけど。かすかに覚えていた2人が一緒にいる光景を思い返していると、マルコは続けて話す。どうやらナマエの態度は過去最悪らしい。ジャンが声をかければ無視をされ、近くに寄っただけでも避けられ、なす術もないのだという。あぁ、それで。ナマエにあいつとはペアを組むなと言えずに、珍しく私にあんな注意をしてきたのか。

「そんな事、私に言ってどうするの」

「さっきペアを組んだ時、ナマエに何か変わった事はなかったかなと思って」

彼が何故人のためにそこまで世話を焼けるのか不思議でしょうがない。目を見ると本気でジャンとナマエの仲を心配しているようだ。親友とはこういうものなのだろうか。マルコの切実さに負けてさっきの対人格闘技での様子を思い返してみる。

「そういえば今日は、やけにしつこかったかもね」

「どんな風に?」

「技を覚えたいってよりは、わざと投げ飛ばされたがっているように見えた」

それは…どういう事?と真顔で聞かれても私だって分からない。ただそう見えたから伝えただけだ。きっとナマエは素直なタイプだから、自分の気持ちが訓練にも影響してしまうのだろう。「恋にうつつを抜かしてるような子は、いくらやったってあたしには勝てない」というのは向かってくるナマエを本気にさせるために言った言葉だったけれど、一応は忠告もしたつもりだ。
「考えたくはないけれど、マゾヒズムとかサディズムに目覚めたのかな、ナマエ…」とマルコは真剣に考えていた。真面目すぎるっていうのも考え物だね。



次の日訓練に向かう途中に偶然、ジャンがナマエに話しかけている様子が目に入った。挨拶をしただけだったようだが、ナマエはふいっと顔を背けて離れて行ってしまう。以前なら挨拶くらいは返していたような気もする。返さなくても一言二言、嫌味は言っていたような気もする。なるほどね。
目線をやっていたからか、ナマエは私と目が合うとこちらへと近づいてきた。

「やあアニ。今日もかっこいいね」

「あんたは今日も間抜け面だね」

その愛想の良さをあれにも向けてあげればいいのに、と横目で傷心中のジャンを見る。マルコは彼に、昨日の考察を伝えようかどうしようか迷っている様だった。早いうちに誤解を解かないとマルコの中でのナマエのイメージが変わってしまいそうだ。

「あんたさ、告白の返事早くしてあげたら?」

「…アニがその話題を持ち出すとは」

これは私の小さな優しさだ。断るなら断るで、はっきり言ってあげたほうがジャン、そしてナマエのためだろう。まあどう返事をするかは、聞かなくても分かるが。

「ジャンってわたしの事好きじゃないよ。ミカサに話しかけられて顔赤くしてたから」

ほら。ナマエのこの表情を見ればまる分かりだ。彼にいちいち振り回されて、もう好きになってるんじゃないか。ナマエが離れて行った後、すぐさまジャンが「今俺の事話してなかったか?」とやってきた。聞き耳を立てていたのか。趣味悪いね。

「あんた、ナマエ以外の女に気があるような素振りしたんじゃないの」

「何だよ、それ」

「ナマエは嫉妬してるんだよ。その女に」

私の言葉に一瞬ぽかんとしたジャンだったが、しばらくすると下を向き、身悶えていた。表情は見えないが至福の顔をしているだろう。マルコは自分の考えていた事が外れて安心していた。立ち止まっている2人を放っておいて、私はさっさと訓練場へ向かう事にする。楽しそうで何よりだけど、本当に面倒くさい人達だよ。


140208

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