11 嫌な奴、なんか嫌いっていうのから、結構いい奴かもってくらいにはわたしの中でジャンの評価は上がっていた。ミカサに話しかけられて赤くなったジャンを見て、何故かショックを受けてしまったのは、彼はわたしの事が好きなんだと、無自覚ながらも心のほんの片隅で思い上がっていたのかもしれない。あ、ちなみにミカサが言おうとしていた事はわたしがペンケースを落としたおかげであやふやになった。 まあ分かった事は、あいつはわたしではなくやっぱりミカサが好きなんじゃんって事だ。もしわたしが男でもわたしなんかよりミカサを好きになるし。ジャンってやっぱりミカサの事が好きなんジャン!ははは。しーん…。 「アニ!次はわたしと組んで!」 いつものように対人格闘技の訓練をサボろうとしていたアニを見つけて呼び止めた。向上心だけは一人前のわたしは時々彼女に相手をしてもらう。いつかライナーをも投げ飛ばすその足技を盗みたい、と常々思っている。でも今日は投げ飛ばされるだけでもいい。色々とすっきりしたいから。 「またナマエか。いい加減学習しなよ」 「学習するには数をこなすしかないのよ」 行くぞアニー、とある程度の距離をとり木刀を持つ手を振って合図をする。するとアニはこちらをちらっと見て立ち尽くすだけだった。アニは青くて大きな、可愛い目をしているのにいまいち輝きがない。不思議に思って彼女に近づいてみる。 「アニ、やろうよ」 「あんたとやっても無駄」 「え」 「恋にうつつを抜かしてるような子は、いくらやったってあたしには勝てないよ」 「ねえ、わたし訓練には真面目に取り組んでるつもりだよ」 「なのにそんなに弱いんだ」 わたしのフィルターで見たアニは、口数は少なく、無関心。だけどどこか優しさを持つ子だった。こんなふうにずしずしと攻撃的な言葉を言われるのは初めてで戸惑っていると一瞬のうちに持っていた木刀を取られ、するどい方を向けて勢いよくわたしの喉元を目がけてきたので反射的に両手でそれを防ぐ。こちらへ向く重力に耐えきれなくて、がくがく腕が震える。アニの力はかなり強くてあと少しで喉に突き刺さりそうだ。 「あんたは生きる術を持とうと思って訓練をしてない。今まで幸せに生きてきたんだろうね」 確かにわたしは巨人を見た事もないし身近な人を亡くすという経験もしていない。ここにいる訓練兵達の中ではかなり幸せな境遇なのであろう。けれど一人前の兵士になりたいという思いは皆と一緒だ。アニや、エレン達みたいな経験をしてきた人達に比べれば、その思いは弱いのかもしれないけれど。 「…わたしは目の前の事を精一杯頑張れば、いつかアニみたいに強くなれると思ってる。今すぐじゃなくても、何十年先でも」 きっとアニにはわたしに見えないものが見えているのだろう。ミカサのように運動神経がいい訳じゃないしアルミンのように頭も良くないわたしにはこんな単純な考えしかないのだ。 そう答え歯を食いしばり喉元にある木刀を押しやると、アニはわたしを見た。噛み合ったアニの目にわたしの必死な顔が映る。どきっとすると即座に蹴りを入れられ、空中で一回転してそのまま墜落した。 「い…っ、痛ええええええええ!!」 「本気で来た相手には本気で返すのが礼儀だからね」 アニに蹴られた箇所を押さえてごろごろ転がっていると湿布が貼ってある腰も痛みだした。なのであまり動かないようにしようとそのまま横になっていればアニが近づいてきて、こちらに向かって手を差し出したのでそれに甘えた。 「アニ、もしかしてわざとわたしを怒らせるような事言ったの?」 「さあ、どうだろうね」 うーん、でもアニは結構的を得た事を言っていたな…。「次はあんたがならず者をやりなよ」とアニの声と共に木刀を投げられたのでまだ付き合ってくれるんだと嬉しく思いながらも、今だにじんじん痛む足に意識がいって冷や汗をかく。ええいこうなったらやけくそだ、意地でもその技を取得する。 「…ねえ、その前にさっきから殺気を放ってるあいつをどうにかしてくれない?」 「は?」 140204 |