09 落ちる、と思ったら一瞬意識が消えて気がつくとわたしは地面の上に寝転がっていた。 さっきまで乗っていた馬が鼻をわたしに近づけて心配そうにしている。どうやら油断してバランスを崩してしまったようだ。わたしを見つめる悲しそうな目を見て、申し訳ないと顔を撫でてやった。 近くにいた仲間達からの大丈夫かという問いかけに頷いていると馬小屋から誰かがこちらへ近づいてくるのが見えた。 「この馬鹿」 目の前に息を切らしたジャンが現れたと思ったら目をつり上げていきなり怒られた。唖然としてジャンを見ていると彼は腰を屈めて背中を向ける。 「え、」 「早く乗れよ」 ジャンの背中に乗れと?そんな恥ずかしい事できないので「大丈夫」と立ち上がろうとしたのだが、ずきんと腰の辺りが痛んで座った状態のまま動けなくなってしまった。 側にいたライナーに、教官には上手く言って夕食抜きだけは避けておいてやるから早く行けよ、と太陽を背に格好つけて言われたのでそんな事できるのかよと思ったけれど訓練兵一頼られている男を信用しておずおずとジャンの肩に手をかける。というか何でこいつこっちに来たの。わたしをおんぶするために走ってきたとか、いやまさかそんな。 続いてエレンとアルミンも近寄ってくるのが見えたけれど、お腹とか胸とかがジャンの背中に密着している事に意識がいって何を言ったらいいのか分からなかった。 救護室へ到着すると看護兵はいないようだった。ジャンはベッドにわたしを降ろし、湿布やら包帯やら手当てする道具を持ってきて近くにあった椅子に腰掛けた。 「どこが痛むんだよ」 「ええと、腰の辺り」 「とりあえず冷やせばいいのか」 そう言うと動きが止まったので、自分でできるからと湿布を受け取って後ろを向いた。 ジャンは気まずそうに窓の方を見ている。何その反応。さすがに服を脱ぐ事には抵抗があるのでズボンからシャツを出して腰に湿布を貼った。ひんやりして気持ちいい。 「もういいよ」 「あぁ」 ジャンが振り向くと妙な間ができてしまったので、戻らないのか聞いてみた。彼は悩んだように一瞬黙ったが、いや看護兵が来るまでここにいると口にした。正直いつまでもジャンにこんな恰好悪い自分を見せたくない。 馬術は得意だと思っていたのにこんな事になってしまって、自分が情けなくなる。 ジャンとか、訓練を放ってわたしに付き合ってくれてるし成績に響いたらどうしよう。彼が憲兵団に入れなかったら全部、ではないけど5%くらいはわたしのせいだ。 つーんとする鼻の息を止めて体中から水分が出ないようにする。今泣いたりでもしたらきっとジャンは困る。耐えろ耐えろ。 涙ぐんでいるのがバレないように下を向いていると突然頭を引き寄せられて顔がジャンの体にぶつかった。 「…痛い」 「そうかよ」 なぜか座ったまま片手でジャンに抱かれてる状態になっていて、胸が破裂しそうなくらいの大量の血液が送り出された。ジャン…あなたこんな事する人だったの? 「傷心してる女の子を無理やり抱き寄せるとか…」 「はあ?」 「サイテー!!」 「元気じゃねえか!」 口ではこんなわたしでも顔はめちゃくちゃだ。一度気が緩んだら涙が止まらない。ジャンもそれに気がついているのかわたしの後頭部を押さえて自分の胸に押し付けているので、涙は彼の服に吸い取られている。ずびずび鼻をすすっていたら汚ねえと言われた。今は何を言われても仕方がない。変に優しい言葉をかけてもらうよりはこっちのほうがよっぽど気が楽だ。 ジャンの胸から響く鼓動はわたしと同じくらいはやい。人が来るまでこのまま黙ってその音を聞いていたら不思議と落ち込んでいた気持ちはなくなっていた。 その後、食堂へ行ったらわたしの分の夕食はなかった…。ライナーのほうを見たけれど彼はひたすらわたしと目を合わせないようにしていた。 140124 |