呼吸 | ナノ


08


馬術は結構得意なんだ、と目の前に座っているナマエが朝食を食べながら嬉しそうにしている。
得意といっても普通より少し上くらいの成績だけれど、他の科目に比べればナマエにとっては良い方なのだろう。こんなふうに一緒に食事をしたりする前までは次に開拓地行きになるのはこいつだろうなと思っていたが、今ではナマエが頑張っている姿を見て、そんな事にならないようできる限り助けてやりたいと思っている。

「てかお前また寝癖ついてるぞ。鏡見てこねえのかよ」

「直してもまたはねちゃうんだけど。てかエレンだっていつもぼさぼさだから」

「男はいいんだよこれで」

差別だとナマエが頬をふくらませた。その顔がおかしかったので笑うとますますむっとしたようだ。するとアルミンは男だけどさらさらじゃん、と言いながらナマエが横にいるアルミンの髪の毛を触ったので今度は俺がむっとした気持ちになる。ミカサもさらさらでいいなぁと手を伸ばして次は俺の隣にいるミカサの頭を撫で出したのでなんかいらいらして残っていたスープを一気に飲み干した。

「うわエレンくせっ毛なのになんでこんな触り心地いいの」

そんな声がしたので顔を上げると、ナマエが俺の頭に手を置いていたのでびっくりして持っていた器を落としてしまった。その音を聞いてサシャが遠くで目を光らせたが空だったので汁が少し垂れたくらいだ。ああよかった。ミカサがそれを取りトレーの上に置いた。

「エレン、顔が赤い。熱があるから今日は休んだほうがいい」

「ねえよ熱なんか」

いつものようにミカサが世話を焼きだしたので軽く答えつつ前を見ると、ナマエはもう寝癖の事はどうでもいいのかパンを食べるのに集中していた。少しはこっちの事も気にしろよ。
するともう食事を終えたらしいジャンから盛大に舌打ちが聞こえたのでそちらに目をやると「こっち見んじゃねえよ死に急ぎが」と喧嘩腰で言われた。は?なんだこいつ。

「なんかジャン機嫌悪いね」

「いつもの事だよ。絶対カルシウム足りてないよねあいつ。にぼし食べた方がいいよ」

アルミンの呟きにナマエが笑いながらそう言うとジャンは席を立ちナマエの頭をぐしゃぐしゃと乱暴にかき回して食堂を出て行った。それを見てマルコがはぁとため息をつき後を追いかける。つーかあいつナマエに告白したんだよな、好きだとか言ったんだろうか。その光景を想像したら変な鳥肌がたったので考えるのを止めた。まあナマエの事が好きでもジャンに望みはないだろ、こいつ俺のほうが好きとか言ってたし。

「ナマエ、これ使っていいよ」

「はっクリスタ…」

何故か笑みを浮かべているクリスタがやってきてくしを手渡した。「絶対また誤解された、天使の顔でにやにやされた」と髪をとかしながらナマエが何か言っていたがよく聞こえなかった。
冗談だと分かってはいるけれど異性に好きだと言われれば少なからず意識はしてしまうものだ。ナマエがジャンを避けるために俺らと行動する事が多くなってから俺は何かとこいつを気にするようになった。恋愛としてって訳じゃなく心配して構ってしまう感じだ。こいつ成績悪いし。真面目に授業を受けているのに座学まで悪いから、頭はサシャやコニー並に馬鹿なんだろうなたぶん…そう思いながらナマエを見ていると食べないの?と純粋な目をして聞かれたのでなんだか申し訳なくなってパンを少しだけあげた。



馬の世話をする班と乗馬をする班に分かれ馬術の授業が始まった。ふと乗馬をしている奴らのほうを見るとナマエがクリスタと並んで走っていた。今日のナマエは心配する必要はなさそうだ。
馬の体にブラシをかけていると隣にいるアルミンがでもさ、と話し始める。

「ジャンとナマエって、前より仲良くなったような気がするよね」

「はあ?」

思わず出てしまった大きな声にアルミンの馬が驚いたように唸ったので、アルミンが背中を撫でて静める。俺の馬は平然としている。世話をしている奴に性格が似るのかもしれない。

「どこがだよ。今朝のあいつら見てなかったのか?」

「それを見て思ったんだ。ナマエっていつもだったらもっと言い返していたように思って」

言われてみればそんな気もするが、あれで仲が良いとは言えないだろう。俺がナマエと一緒にいる時はジャンの悪口なら星の数ほど出てくるが褒めるような事は一つも聞いた事がない。

「それに最近のジャンはナマエに優しい気がするし」

あれが優しいとかどう見てもないだろ。アルミンは俺に見えない何かが見えているのだろうか。長年一緒にいる幼馴染を不思議に思いながらも馬の世話に意識を向けると、突然誰かの馬が騒ぎ出した音がした。ふり返りそれが聞こえた方を見てみるとジャンの馬が、綱で繋がれているので走り出しはしないもののその場で暴れている。何事かと思っているとジャンが馬小屋を飛び出していくのが見えた。

「ねえ、あそこで倒れてるのって…」

アルミンの視線を辿ると訓練場にナマエが倒れていた。うそだろ、と動揺してる間にジャンがそこへ駆け寄っていく。周りがざわつく中、遠くから見たジャンとナマエのツーショットが意外にも違和感がないように見えてぼうっと眺めてしまったが、アルミンの俺を呼ぶ声にはっとしてナマエのもとに走り出した。


140120

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テーマ「人外ファンタジー」
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