呼吸 | ナノ


07


「少しはまともに飛べるようになったな」って教官に言われた。

その言葉にぽかんとしたわたしだったけれど近くにいたサシャによかったですね!と言われコニーに肩をどつかれて、あっ今褒められたんだと実感する。
わずかな休憩時間、この間の休日に、訓練に付き合ってくれたエレンとミカサにその事を伝えると2人も喜んでくれて「良かったな、俺のおかげだな!」とエレンに言われたので微妙な気持ちになったけどうんと返事をしておいた。
誰のおかげかっていわれたらやっぱりあいつのおかげだろうか。


マルコはジャンが来たらいきなり自主練を始めてしまってなんとジャンにマンツーマンで指導を受ける状態になったのだが、意外にもジャンの説明は分かりやすかった。
あ、ちなみに顔と顔が近づいてドキッっていうラブハプニングなんてものは起こらず、最初はぎこちない教え方だったジャンもわたしのできなさに次第にいらいらしてきて「なんでそんなにガス出してるくせにふらふらしてんだよボケ」といつものように暴言吐きまくりになったのだが教える事は放棄せずに欠点を指摘してくれた。見本のようなジャンの飛び方を間近で見たのと根気強く教えてくれたのもあってわたしの立体機動能力はだいぶ上がった。

「だったらジャンにもお礼を言いに行かないと」

「放っとけよクリスタ」

興奮ぎみに近寄ってきたクリスタの隣でユミルが呆れている。(なんでジャンに教えてもらった事を知ってるんだろ)
訓練して食べて寝てまた訓練してという人の恋愛事情なんかにかまっている場合ではない毎日にわたしとジャンの事をからかう人も減ってきたのだがクリスタは違うようだ。いやクリスタはからかうというよりも人一倍強い善の心からわたしとジャンを本気でくっつけようとしている。どうやらわたしもジャンの事が好きだと思っているようだ。違うのに。

「ジャンに?お礼?あのジャンに?」

「うん、あのジャンにだよ」

「他にどのジャンがいるんだよ。お礼くらい普通に言えばいいだろ」

「わかった。すれ違った時にでも言っておくよ、心の中で」

「あいつはエスパーか何かか。今行きゃいいだろうが」

ほらとユミルが面倒くさそうにジャンのほうを指さす。そちらへ行こうとしないわたしを見てユミルが不思議そうに目を細めた。

「は?もしかしてお前照れてんのか?」

「ユミル!焦らせちゃだめだよ」

照れている訳がない。クリスタも変な誤解をしないでもらいたい。じゃあ言いに行けよと言うユミルにああ言ってやるさと足を進める。後ろでクリスタが心配そうに、そしてどこか楽しそうにわたしを見つめていた。座って休んでいたジャンは目の前に現れたわたしを見て「な、なんだよ」と動揺した様子だった。そんな彼のほうを向きながらわたしは口を開く。

「あ、マルコ前に立体機動の訓練付き合ってくれてありがとー。さっき教官に褒められちゃった」

ジャンの隣に座っていたマルコはわたしの目線がジャンに向けられたままなのを見て僕に?と面喰っていた。目の前の彼はというと今の言葉が聞き間違いじゃないかと疑っていた。

「じゃあそういう事だから」

「待て待て待て」

ジャンの制止も聞かずに先ほどの位置へ戻りどや顔をするとユミルに「いや聞こえてたし」とおかしな人を見るような顔をされる。わたしだってジャンにお礼を言おうとしたのだ。けれど口から出てきたのはマルコという言葉だった。白状するとジャンに優しい言葉をかけるなんて照れくさい、恥ずかしい、無理。

「へえ。まあ知った事じゃないけど自分だけお礼を言われないって普通に傷つくと思うけどな。見ろよあいつのあのがっかりしてる姿。すげえ笑えるよくやった」

「ユミル、ナマエを追い詰めちゃだめだよ。他の人には普通に言える事でもジャンにだけは言えないんだもの、しょうがないよ」

「クリスタもある意味追い詰めてるぞ」

クリスタはわたしがジャンの事を好きだと言いたいのだろうか。けれどわたしはジャンが傷つくような事は普通に言える。普通好きな人にはそんな態度とれないだろう。


「今巨人に食われたらあいつの心残りはお前にありがとうと言われなかった事だろうな…」


ぼそっとユミルが呟いたのが耳に入った。なんだそれ、そんな事言われたらわたしがすごくひどい事をしている人間に思えるじゃないか。素直じゃないながらもジャンはわたしへの思いを伝えてくれたし立体機動も教えてくれた。そういえばわたしってジャンに何かしてあげた事ってあるっけ。いやないな。わたしはいつもジャンへの思いやりより自分の羞恥心を隠す事を優先してしまうから。

集合の声がかかり休憩していた訓練兵達が一斉に動き出す。わたしは再びジャンのもとへと歩み出した。集合場所へ走り出そうとしていたジャンの、わたしよりいく分か高い位置にある腕の服を掴んで見上げる。

「ジャンもありがと」

わたしの喉ら辺にいる別の人が声を出しているような感覚だ。こちらを見下ろしているジャンを見てわたしも同じくらい赤い顔をしているんだろうなと思う。感動しているのか涙ぐんでいるクリスタが目の端にふと見えて冷静になる事ができた。

おう、と言ったジャンは嬉しそうににやけていて気持ち悪かったけれど喧嘩で言い負かした時よりいい気分がした。


140116

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